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『電子耕』100号記念企画 「戦争を語り継ぐ」 2003.1.9. |
「戦争を語り継ぐ」(3)
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3、農業学校の軍事教練
私は小学校高等科を卒業した14歳の4月(1939年)熊本県立天草農業学校に入学した。3年制の甲種実業学校である。ここで正課として軍事教練を受けた。学校には陸軍の現役将校鳥居中尉が配属され、学校附きの助教として予備役の大仁田准尉がいた。中等学校の教練では、前に述べた教練が正課として行われ、その成績によって各学生は卒業後、陸軍の幹部候補生受験の資格を与えられる。その成績を決めるのが配属将校である。将校・士官になれるものは「士適」、下士官に適するものは「下士適」、それ意外は幹部不適任で「兵適」であった。
私は、幼いときから軍国少年として育ち、軍隊に入ったら当然将校に成ろうと士適を目指していた。しかし、農業学校1年の時、戦死した義兄の後をつぎ養子になってからは養父の望みで、「戦死しないように獣医になる道」に考え方を変えた。そのため卒業後、上京して獣医専門学校を受験したが、合格しなかった。 予備校で再度の受験を準備していたが、戦局はそれを許さなかった。戦時総動員法によって不急不要の職種にあるものは軍需工場への徴用令が適用された(次の4で飛行機工場への徴用を述べる)。
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