*****ここから『電子耕』**********************************************   隔週刊「76歳が送る農業文化マガジン『電子耕』」  第73号   --農業・健康・食・図書・人物情報--  2001.12.20(木)発行    西東京市・ひばりが丘  原田 勉 (本年最終号。2002年は1月10日74号からとなります) ********************************** 発行部数 1842部 ****************** <キーワード>   農林・園芸を中心として健康・食べ物・図書・人名・庶民の歴史をめぐる情 報を提供し、お互いに<読者の声>のメール交換をしましょう。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 目 次--------------------------------------------------------------- <読者の声>爆走天使さん、こしばさん <舌耕のネタ>「ガンに学んだ、この1年」 <人物情報>「近藤康男先生のこの1年の報告」 <日本たまご事情>それは中国卵の輸入から始まった(4) <暑さ寒さも>10代の人達が将来の夢を語る素晴らしさ。環境クラブ <菜園だより>八丈島のカキナを摘み菜に <山崎農業研究所>研究会・農村女性の活動(長野・松川村の報告) <農業・図書情報>農文協図書館の団野信夫文庫紹介 <私の近況報告>12月7〜12月19日 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <読者の声>ここはメール交換の場です。編集者はコメントしない場合もあり ますがこれは、メールを無視したわけでは無く、読者同士の交流にゆだねると いう意味ですからご了承下さい。---------------------------------------- <読者の声>こしばさん、爆走天使さん ■12/6 10:58 爆走天使さん(携帯電話から)私の答えはどうなったのですか? 原田さん 私の 答えはどうなったのですか?気になって仕方がないのですが。 ●12/6 爆走天使さんへ 静岡の こしば です。 決心されているとの事ですね。 応援のエール代わりに決心後の心得を送ります。 これらは自分だけの感覚かと思いましたが、 しかし周囲の決心を経験した者どもは、 大同小異の観念を持っているようです。 どの者どもも職業選択や生立ち、レースや開発で、 言葉に出来ない様な経験を持っています。 一見勇ましいような心得ですが、 直情径行、浅慮軽挙とは異なる、 内面的な心得だと思って下さい。 1.親を忘れる。 2.郷里を忘れる。 3.性別を忘れる。 4.異性も忘れる。 超ストイックな様ですが全く逆に開放的で、 こうして既製概念とおさらばすれば世界は俄然広がります。 自分の求めるところへ身一つでどんどん飛び込んで行く、 そういう疾放さが大切じゃないかな。 そしてある程度登ってきてから自分に戻ればいいのかな、 と思います。 (でも本気で仕事をすれば、辞める時にしか自分に戻れませんね) 原田様 御無沙汰です。 今は未だ現職に精力を注いでいます。 まずは今の仕事で自分をもっと鍛え試しています。 技術力はもちろん、精神的、人格的、知性、教養、耐力などフル動員です。 それを支えるのは、やはり自分に負けたくないプライドです。 「現職が全う出来ずに農業が出来るものか」 農業を見つめ続けているのはもちろんですが、 現職での答えを得るまでの間は、 家庭菜園や棚田ボランティア、北海道農業者との交流で 気持ちをゆっくりと暖め続けようと思っております。 お体大切に。 ●コメント:12/6 返信、こしばさんへ こしばさん。 メール有難うございました。とくに爆走天使さんへの助言は我がことのように 読んでいました。母校の後輩というだけでなく。元気な若者という時代が俺に もあったのだ、その元気でやれと。声援すると同時に自分に元気をくれた爆走 天使とこしばさんに感謝します。 ■12/8 爆走天使さん:おはようございます。・・ おはようございます。私の担任の先生のパソコンで見せてもらいました。色々 な読者の方がいらっしゃるのですね!私の所も先生と一緒に読ませていただき ました。あんなに大きく載るなんて思っていなかったので正直 びっくりしま した。でも、載せていただいて良かったと思います。先生方にも、私のことを 知っていただけたし、他の人にも私の夢の話を見てもらえたと思うので。本当 にありがとうございました。うれしかったです!これからも、時々メールして もいいですか? ●コメント:爆走天使=くしまさんへ・・ くしまさんへ。 今まで天草の読者からのメールはなかったので、寂しかった。 でも櫛間さんが窓を開けてくれてありがとう。苓明高校の発展万歳。 昔は熊本県でも文化が遅れている天草だと、東京に出てきました。 でも、今はどんな地域でもIT技術で世界中にネットができます。 電子耕はアメリカでもヨーロッパでも読者がいます。 これからも、全世界にむけて発信して下さい。世の中が広くなります。 ■12/8 11:37 爆走天使から返信・・ 今 天草も空港ができたりと、栄えてきました。本渡の町も店などが増え、 人口も多くなりましたよ。道路も広くなり観光などでイルカを見にこられたり しています。自然はそのままの状態できれいです。今の時期は夕日がとても きれいです。原田さんにもその夕日を見せてあげたいです。苓明高校も学科が 増え、入学者が増えました。これからどんどんいい学校となっていくでしょう。 私も苓明高校の名に恥じない立派な大人になりたいです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <舌耕のネタ>「ガンに学んだ、この1年」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  今年ほどいのちの限界を感じ、緊張したことは無かった。1月の検診で多発 性骨髄腫の疑いということからガンへの恐怖が始まった。その後の経過は「血 液ガンとのつき合い」(7月26日63号から連載)でも述べたが、それまで ひと事のように思っていたガンが現在の自分に迫ってきた。  死の恐怖は1945(昭和20)年の夏、本土空襲がひどくなって、いつ何 処でやられるかわからないという漠然とした恐怖から、現実になったのは兵舎 をロケット爆弾に破壊され、防空壕がつぶれそうになった7月だった。その時、 仙台の飛行学校で機関砲で立ち向かって戦っていた戦友6名が1度の空襲で直 撃をうけ、バラバラの死体になった。米軍の艦載機は1時間で引き揚げた。  翌朝、野良犬が人の腕をくわえているのを見て更に恐怖がつのった。  その翌日も軍隊を狙う機銃掃射を受け、伏せた上をかすめた機関砲の弾に肝 を潰した。今にも背中を打ち抜かれる恐怖だった。今思うと、それは戦争だっ たから誰でも経験する時代だったからと諦める。  だが、今年の恐怖は原因のわからない、不治の病という恐れだった。  人間はいつかは死ぬんだ。それはわかるがいつ死ぬのかわからぬから暢気に していられる。しかし、余命3年と限度を切られると慌ててしまう。  インターネットや図書でガンのことや死についてを読んでも落ち着かないで 半年が過ぎた。そこで思いきってこの『電子耕』で公表して助けを求めた。そ れに応えて下さったのが読者の皆さんだった。一部始終を読んでいた毎日新聞 の編集委員に勧められて、インタビューにも応じた。「ひと」欄にも掲載され、 さらに多くの読者から励ましの手紙を頂いた。本当に有り難かった。  老人に特有の病気は72歳で眼底出血、74歳で脳出血、そして76歳で骨 髄腫の発生だ。老化の進行と死期が迫っていると自覚せざるを得ない。しかし、 それまで何をするか。現状を認識し、情報をあつめて対応しなければ安心して 死ねない。人事をつくして天命を待つようにしたい。  メル友に教えられて「日本骨髄腫患者の会」にも加入し、毎日メーリングリ ストで病気治療の情報を頂いて精神的にも落ち着いてきた。ひとくちにガンと いっても人によりさまざまだ。私と同じ「IgGκカッパ型」でも、病状は同 じではない。ましてや、友人に多い食道ガンや前立腺ガン、乳房ガンでも良く なる人もあり、不幸になる人もある。ふだんの食事や生活習慣、運動など免疫 力保持も多いに影響するようだ。  多発性骨髄腫は現在は不治でも、やがては新薬が出来て克服される日もある だろうという希望を捨てないで、つき合って行こう。そう思えるようになった。  今、76歳の老人の自分にできることは何か。そこで考えたのが恥ずかしな がら「病気と人生の失敗談」を遺すことではないか。果たして役に立つかどう か、先ず「打倒●MM・骨髄腫患者の会メールマガジン」に投稿・連載して貰 うことにした。やがて『電子耕』でも載せて行きたいと思っている。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <人物情報>「近藤康男先生のこの1年の報告」秘書・原田勉 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎1月4日、農文協主催の「近藤康男先生三世紀祝い」の記念講演で百二歳の 先生は「20世紀は戦争の世紀だった。21世紀は戦争の無い社会を」と題し て、自分が関与した満州農業移民の誤りをかたり、世論があやまった方向に進 むとき、それを糾すのが言論機関の使命だと結ばれた(毎日新聞に掲載)。 ◎4月2日、『三世紀を生きて』校了。そのあと風邪で発熱、当分お休み。 ◎5月12日、「近藤康男先生の三世紀を生きてをお祝いする会」に出席。挨 拶は40分、「中国への侵略がひどくなった戦前の満州農業移民の大計画が国 策として無理に進められたのを批判せず、むしろそれを進めることに参画した のは誤りであった」と深く反省。記念に進呈された『近藤康男 三世紀を生き て』(農文協刊)にもくわしく書かれた。 ◎同日、慶応大学広瀬医博は、「近藤康男102歳の健康診断報告」で70歳 くらいの健康状態で、知能指数120。1万人に一人という長寿エリートと証 明され、日米長寿者の比較でもトップグループに入るだろうと話された。 ◎9月になって、文芸春秋から初めての原稿依頼があった。『長寿と健康・い のち大切に』文芸春秋増刊号の原稿執筆、400字4枚という制限に苦労され た。脱稿後、血圧高く発熱で当分お休みになる。 ◎同誌は12月発売。満百二歳で元気に活躍の近藤康男氏を始め、かくしゃく たる人生の達人と医療にたずさわる名医たちの「私の健康法」「生きるよろこ びについて」の他113人の多彩な人の「元気に生きるヒント」を特集。 編集部には指圧について質問があり、編集長は『七十歳からの人生』の長寿法 をコピーして返事をしたと手紙があった。 ◎10月25日、全農林『農村と都市をむすぶ』600号・創刊50周年記念 祝賀会に出席。創刊当時から執筆し、1971年からは同誌の編集代表を勤め られた。関係深いだけに「これからも労農提携に尽力を」と乾杯の音頭を発声。 ◎11月30日、農文協図書館役員会にて新たに今村奈良臣氏が常務理事に選 任され、教え子が後継者になりひと安心。 ◎今年はマスコミの取材やインタービューも無し。12月27日の忘年会で農 文協図書館も休みとなる。 ◎2002年1月1日の誕生日で103歳となられる。めでたし。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <日本たまご事情>それは中国卵の輸入から始まった(4) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■12/5 原田先輩 原田先輩 脳梗塞の後遺症でふらふらしながらもまもなく65歳をむかえます。 ライフワークの養鶏農場の経営も後継者に託して、生涯ではじめて時間にゆと りのある生活を送っております。 日本の貧乏世代を夢中で駆け抜けてきた者にとって、時間のゆとりはなんだか 申しわけないというか落ち着きません。 最近想うことはインターネット時代に間に合って本当に良かったと感謝してま す、これがあればあと残された時間がたとえ短くとも中味を濃く生きることが 出来そうです。 先輩にならって後の世代にどうしても語り継ぐことなど整理してます。 ------------------------------------ それは中国卵の輸入から始まった(4) ------------------------------------  今から約80年前、養鶏の先人たちが怒涛のごとき中国卵の輸入に立ち向か い見事これを追い出した経過は既に述べた。  時代は変わり「歴史は繰り返す」の例えのごとく現在またこの問題に直面し ている。  「良くて安い」中国産の野菜は消費者に受け入れられ、ますますそのシェア −を拡大している。  ユニクロは日本の衣料ビジネスを変えてしまったし、家電、コンピュータに いたるまで中国抜きには考えられぬ。  50年前日本が「1ダラーブラウス」をもってアメリカに殴りこみをかけ繊 維摩擦を引きおこし、ついで家電摩擦、自動車摩擦に発展していったことは記 憶に新しい、そして日本は豊かになった。  中国がWTO加盟を目指すのは日本のたどった成功物語を真似しようとしてい ることに他ならない、それも日本の10倍の規模で、、。  中国が豊かになる為には自給自足体制をすてて、WTO体制(グローバルな経 済競争)をとる道を選択をした。  商売になればブロイラーであれ、卵であれ何でも国をあげて売ってくるだろ う。  いずれ中国は穀物を大量に輸入することになろう、かって日本韓国台湾が工 業化を目指したとき豊かになると同時に穀物の輸入量は増大した、一人あたり の耕地面積は日本韓国台湾そして中国もたいして変わらないのだから。  このような状況下で日本の採卵養鶏が勝ち残るには先人以上の知恵と努力が 必要になる 齋藤 富士雄 (株)愛鶏園 http://www.ikn.co.jp/ ●12/6 返信、斎藤さんへ 斎藤さん、65歳の誕生日おめでとう。 若い頃70歳まで生きると思いましたか。私はそんなに長生きできるとは 思いませんでした。昭和20年秋頃は戦死すると覚悟していました。 そこでまず命拾い。42歳の大病で手術中に麻酔がきれて、「血圧が下がって います」という看護婦の声を聞いたとき、俺もアウトかと思った。 3回目は74歳の脳出血でした。こんな話しを骨髄腫患者の会のメルマガに 寄稿することにしました。 残り少ない人生ですが、寿命は天命が決める。いたずらに馬齢を重ねず、 舌耕の徒として、言いたいことを言って生き抜き、ラストは推理小説のごとく 逆転して人を驚かすことが楽しみ。 明日のことは解らない。しかし、今日は何をする、明日は何をすると考えて、 今日を生きる。 どんな小さいことでもいい、体を動かし、頭を動かし、快食・快便・快眠に努 める。 お元気に、お互いメルマガで交換しましょう。たまご事情だけでなく、65年 の人生の経験・意見をおよせください。ぼちぼちと。 (がんばらない男より) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <暑さ寒さも>10代の人達が将来の夢を語る素晴らしさ。環境クラブ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 12/6 10代の人達が将来の夢を語っているのを素晴らしいと想います。 僕が知っている農業大学の卒業生は、 「なんで跡を継ぐことにしたんだ」って聞いたら、 「他の兄弟がみんな逃げちゃって、親父の顔見てたら なんだか可哀相になってきて・・・」 って言っていました。 それで、後ろ向きかと言うとそうではなくて、 前向きに考えていこうとしています。 明治時代のプロテスタントは、日本刀を突きつけて、 「信じるか、信じないか」とやったそうです。 リベラルでも、マルクス主義でも、最近のエコロジカルな市民運動でも、 日本の社会運動の一部には、この種の伝統(?)が、 まだ受け継がれているように想いますが、 僕の知る限り、この手の「決意表明」が一生続く人と言うのは少ない。 戦国時代のキリシタン達は、最初は、マリア様を観て、 「西洋の観音様だ。霊験あらたかだ」と言って入信しました。 いいかげんなようですが、こういう人達が、 最後は隠れキリシタンになってまで 抵抗を続けたわけです。 メールにはお返事をした方がいいと想いますが、 僕の感覚では、「言葉」で「決意」や「夢」を語れるかどうかは、 大した問題ではないと想います。 続いたこと、続けたことだけが本物なのです。 また、本題と関係のないことで、誌面が尽きてきました。 「水の味アンケート」では、「カルキ臭」とか「まろやか」とかと言う 項目を設けて、各項目に「しない」、「する」、「非常にする」と三段階 で○をつけてもらいました。 それぞれの段階に1点、2点、3点と点数を付け、集計をした結果と 硝酸性窒素濃度の間に相関が出たわけです。 この結果を発表したところ、いろいろな反響が返ってきました。 その中に、「水質と肥料の関係」を訴える学者の方の電話がありました。 (以下 次号) 環境クラブホームページ  http://www.ecoclub.co.jp/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <菜園だより>八丈島のカキナを摘み菜として味噌汁に ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  畑の葉ボタンは満開だ。日本水仙もつぎつぎに咲いて正月を待っている。そ の中に八丈島のカキナが本葉2、3枚になってきた。少し時期おくれだが、八 丈出身の園芸家は「大丈夫やわらかいなっぱが次々に出てくるから」と勧めら れた。人間誰でも明日のことは解らない。いつまで生きるか予測できないけれ ど、それでも作物を育てる。暖かい南国の野菜はきっと強くて栄養も期待でき るだろう。  東京では小松菜が好まれる。それぞれの地方に葉菜はいろいろ栽培されてい る。それは単に栄養器官を発育させるだけだから、誰にでも簡単にできる。短 期作物で土を選ばず、連作ができる。栄養成長では多くの窒素肥料を必要とし、 人手がいる、栽培期間が短いから収穫能率も高い。しかし、柔らかいから保存 ができず、輸送もむずかしい。だから都市近郊の園芸作物として発達してきた。  今は、近郊農村も老齢化して栽培がむずかしい。だから少し遠いところで、 ハウス栽培になった。  だが、街の中でも少しの空き地でも葉菜は家庭菜園でできる。それは老人の 生きる楽しみになる。私はガンと闘いながら作物に新しい命を貰っている。  カキナの育ち具合を見て楽しみ、間引きして摘み菜として味噌汁で頂く。葉 菜なら何でも良い、小松菜など春からぜひお試しあれ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <山崎農業研究所>研究会・農村女性の活動(長野の報告) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  第104回定例研究会:12月14日(金)14時から17時 場所:太陽コンサルタンツ(株)3階会議室 農村・農業の現場からの報告を、長野県の二人の女性から聞く ◎農村女性の社会参画に向けての取り組み・矢島悦子(県のSP)  長野県のおける農業委員などの女性登用にむけての取り組みが報告された。 農業就業人口にしめる女性は全国で47、5%。長野は50%。地方議員は7 %。農業委員は8%。全国平均よりはるかに多い。女性農業者セミナー終了後 結成した集団は253。農業委員は93名という、地域興しの仕掛人になって 活動している。その一人が北安曇郡松川村を紹介する。 ◎地域農業活性化と農村女性の役割・榛葉良子(松川村農業委員)  地域の元気は、女性の元気。時代の変わり目に自覚した女性の生き方を語る。  長野県北安曇郡松川村の主婦たち生活改善グループの伝統を活かして花つく りグループ(Mフラワー)を結成。花苗の生産販売を中心に女性49人+男性 1人で約2000万円の売上。それまでの苦心談。いまでは信濃松川駅前に 「セピア安曇野」で地元産のそばを手作り、道の駅「寄って停まってまつかわ」 Y・M直販所として主婦の働き場となった。  でも、女性の農業委員はいろいろ闘わねばならず、問題も多い、もっと女性 が多くでてがんばらなくてはと決意。  山崎農業研究所の会員に女性も増えたが、まだこれからと会員の反省しきり。 詳細は『耕』92号に掲載予定(問い合わせ電話 03-3357-5916)。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農業・図書情報>農文協図書館の団野信夫文庫紹介 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (初めての朝日新聞・農業専門の論説委員であった博識家) 団野信夫(だんの のぶお)1909〜1999 略歴:1909(明治42)年、兵庫県姫路市に生れる。 1932(昭和7)年京都大学法学部卒業、 1933(昭和8)年朝日新聞大阪本社入社、大津支局に配属された。日中戦 争の拡大とともに、 37年に北京支局、 40年に南京支局で戦局報道に従事した。 40年10月東京本社政経部員。 47(昭和22)年に論説委員となり、わが国初めて農業専門の論説を担当し た。 61(昭和36)年出版局長・出版担当役員。 67年監査役、68年朝日新聞退社。 69(昭和44)年から日本農業研究所の農業情報収集業務を嘱託された。後 に参与、理事となり、 88(昭和63)年まで日本農業のアナリストとして活躍した。 59年から69年まで米価審議会、 65年から74年まで農政審議会委員として農業政策にたずさわった。朝日新 聞社友、信越放送株式会社取締役、農政ジャーナリストの会会長などを歴任。 農政ジャーナリストとして広範な活動をしたが、特に中国問題に多大の関心 を示し、朝日新聞論説委員時代から退社後も、幾度も訪中し、調査・報告書、 評論を多数執筆した。その集大成が『日本人と中国』である。 主な著書:『農業・農村・農民』1953年 朝日新聞社      『めざめる村々』1955年 新評論社      『農業と政治−農地改革後の日本農業』1957年 岩波書店      『ー農政記者の目』1977年 たいまつ社      『日本人と中国』1979年 たいまつ社      「山村振興の実情をみて」1980年 『農業事情調査報告書第2 4輯』日本農業研究所 『ー新聞記者の昭和体験』1992年 朝日出版サービス 農文協図書館 http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/ で、蔵書検索できます。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <私の近況報告>12月7〜12月19日 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎12月7日、書籍取り次ぎ鈴木書店破産の報道に、やっぱりそうか。岩波書 店などの硬派の出版物をよく取り扱ってきたが、負債約40億となり、岩波書 店が役員を送り、社員も半分にして維持していたが残念なり。 ◎12月8日朝、今日は何の日?。 こう聞かれてすぐ、「日米開戦・真珠湾」と答える人が少なくなりました。米 国大統領は「昨日の敵は今日の友と」日米同盟を讃え、「日米両国の海軍はア フガンで共に戦っている」と声明を発表した。果たして友になったか。アメリ カの正義に疑問を持つ人は米国の内にも外にも少なくない。 ◎8日の夕方、劇団文化座友の会の「大望年会」があった。友の会の副会長と して役目がら、今年の「初夏に還らず」と「夢たち」は傑作だったと挨拶。来 年2月のサンシャイン劇場「ごぜさ、きてくんない」に女優さんたち第2世代 の活躍を期待して激励した。 ◎10日、日本骨髄腫患者の会のメールマガジン「打倒MM●」に書き下ろし コラムを寄稿した。題して「七転び八起き・挫折の人生」:76歳までの人生・ 病気の失敗を4回にわけて連載する予定。12月10日から始まった。 ◎女性編集長から返信「勝手に大学の先生か研究者だと思っていたんですけど・ ・・骨髄腫は今は直らないけれど、少なくとも10年以内には直る病気になる はずです。必ず生き延びて、自伝に顛末記を書いてくださいね」とやさしい言 葉をもらった。 ◎11日、そうだ、来年は喜寿の歳だ。年賀状をいつまでかけるかわからない が、現在は「じたばたしないで、天命を待つ」と書いている。多くはEメール の届かない旧友・知人たちへ、330通。中国の友へ10通。書きながらその 人たちの顔が浮かぶ。いつまでも健康であれと祈る。 ◎12日夕刻、親しい旧友K・I君が前立腺ガンが脊椎に転移したため入院す るという知らせあり。私が先かと思っていただけにショック。友人に連絡する。 ◎14日、山崎農業研究所の研究会で長野県の農村女性の活動報告を聞く。詳 細は前掲の通り。ひさしぶりに頼もしい話で、すがすがしい。 ◎18日、東京逓信病院で定期検診、「貴方の多発性骨髄腫はIgGκカッパ 型でおとなしいから6月から変化なし、定期検診も2カ月おきで良いでしょう」 となった。但し油断して風邪を引かないように注意される。 ◎同じ日、K・I君を見舞う。前立腺ガンの薬害でGOTが800になって入 院していた。服薬を止めて数値が正常になるまで退院できないという。顔色は 良いし、喫茶室で1時間ほど話するほど元気でとりあえず安心した。 --------------------------------------------------------------------- ━PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■■  劇団文化座創立60周年記念第2弾 斎藤真一没後10年 ■■■□     劇団文化座・サンシャイン劇場提携公演 ■■□□      『 瞽女(ごぜ)さ、きてくんない 』 ■□□□      脚本/堀江安夫・演出/佐々木雄二 □□□□   公演日程 2002年2月9日(土)〜17日(日) □□□□      会場 池袋サンシャイン劇場 前売中 http://bunkaza.com/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━PR━━━ 『電子耕』から大切なお知らせ http://nazuna.com/tom/10.html <本誌記事の無断転載を禁じます> ********************************************************************   隔週刊「76歳が送る農業文化マガジン『電子耕』」  第73号 バックナンバー・購読申し込み/解除案内 http://nazuna.com/tom/denshico.html 2001.12.20(木)発行    西東京市・ひばりが丘  原田 勉 mailto:tom@nazuna.com ***発行部数 1842部 ********************ここまで『電子耕』**********