*****ここから『電子耕』**********************************************   隔週刊「76歳が送る農業文化マガジン『電子耕』」  第60号   --農業・健康・食・図書・人物情報--  http://nazuna.com/tom/denshico.html 2001.6.14(木)発行      東京・ひばりケ丘  原田 勉 mailto:tom@nazuna.com ********************************************発行部数1259+83部******** <キーワード>   農業を中心として健康・食べ物・図書・人物・庶民の歴史をめぐる雑学情報 を提供し、<読者の声>欄でお互いの意見交換の場を作りましょう。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 目 次--------------------------------------------------------------- <読者の声>(今回は投稿なし) <舌耕のネタ>「小泉内閣メールマガジンに注文をつけよう」  <人名・歴史情報>近藤康男・3世紀(聞書き草稿・連載2)  2,月山丸にて・・・「満州は移民の楽土」か? <健康食情報>メールサップ「きさらぎ ふうろう」 <山崎農業研究所>総会:6月29日「減反100万haの現地は、いま」 <農文協図書館情報>川田信一郎文庫を公開 <図書情報>目で見る「近藤康男の本」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <読者の声>ここはメール交換の場です。編集者はコメントしない場合もあり ますがこれは、メールを無視したわけでは無く、読者同士の交流にゆだねると いう意味ですからご了承下さい。---------------------------------------- <読者の声>(今回はなし) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <舌耕のネタ>「小泉内閣メールマガジンに注文をつけよう」  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  6月14日(木)本日から小泉メールマガジンが配信になる。くしくもわが 『電子耕』と同じ日、木曜日の発行だ。創刊準備号をみると小泉首相が挨拶で 「私のことを『変人』とかライオンのような髪型ぐらいしか知らない方も多い のでは。このメールマガジンで素顔を知って欲しい」という。続いて竹中平蔵 経済財政担当相が入閣から国会内の初登場を感想をのべている。石原伸晃行政 改革担当相も寄稿している。登録・解除の方式もmag2と同じ、意見を書く 欄もある。責任を明かにし氏名と年齢も書いた私は6月10日に「首相は靖国 神社参拝を控えてもらいたい」と投稿した。どれだけ取りあげられるか判らな いが、ともかく意見を述べる事にしよう。 http://www.kantei.go.jp  テレビで見るパフォーマンスがどこまで真実か、現在の人気がいつまで続く のか。経済は景気がわるい、自民党のスキャンダルもある、政党政治への不信 感からこの人なら改革してくれるのでは?。の人気であろうが、外交はアメリ カ従属で、沖縄の基地返還、「新ガイドライン」日米安保の見直しなど問題は 山積している。そして国民の生活はどうなるのか、小泉内閣は21世紀にかけ ての中長期的ビジョンを明かにしてもらいたい。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <人名・歴史情報>近藤康男・3世紀(聞書き草稿・連載2) 2,月山丸にて・・・「満州は移民の楽土」か? ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  満州農業移民地は北満(現東北部黒龍江省)にあったから新潟港から海路清 津を経て、図們(トモン)から満州国へ入るのが普通であった。私たちは新潟 から清津までは、船中二泊の旅である。  私のノートの第一ページに「月山丸の甲板にて荷役を見る」とある。馬、山 羊、ストーブ、農具、布団などなど。すべて移住地に向けた必需品が雑然と甲 板に置いて在る。そういう人間生活にとって第一義的な類の荷物のなかに、カ ラフルな子供用三輪車が、何の包装をするでもなく、混じっているのが目立っ た。荷札を見ると「千振」行きとある。  千振(ツフリ)というのは「満州」移民の初期、満蒙開拓義勇軍といった頃 の第二次集団農業移民の村である。昭和8年の夏に渡航した500名の在郷軍 人が困苦と闘っていた所であるが、有名になったのは、日本から招いた花嫁1 30名が「百花爛漫として一隻の汽船に乗り込み、満艦飾で松花江を下り、佳 木斯(チャムス)の碼頭(はとば)に到着した」という新聞報道である。千振 の移民団が入植してすでに5年になる。多数の花嫁を迎えて4年になる。生ま れた子供は日本の祖父母が三輪車を届けてやりたい年齢になっている筈である。  月山丸の甲板の状況は、当時の主要な国策であった満州農業移民政策が、よ うやく板に付いたものとなったことを語っていると私は思った。 船内で配布されたパンフレットは満州の事情をいろいろ説明するものであっ た。私が注意して読んだのは満鉄弘報双書第一号「満州は移民の楽土」(昭和 12年3月)であって、拓務省移民の第一次・第二次とが入植直後に匪賊の襲 撃に対して困難に耐えて闘ってくれたので、現在は治安は良くなり、満州が移 民の楽土となる可能性を証明したと次のように告げていた。 「第一次、第二次移民は処女地開拓の苦闘にもまして生命の安危にかかわる匪 賊との、血みどろの争闘をつづけねばならなかった。 そして、昭和9年5月には第一次、第二次移民とも数千名の匪賊に包囲され ながら、頑強に移民地を守備して一歩も匪賊の闖入を許さず匪賊を遠く退散せ しめたのであった。しかし、第一次移民は十数回の戦闘に13名の戦死者を出 し、第二次移民は18回に11名の戦死者を出したのである。移民は広大な移 民地に入りながら、匪賊との争闘によって、昭和8年、9年は殆ど農耕すらも 出来ない状態におかれ退団者相次ぐという悲境に遭遇したのである。 第一次移民の退団者は10年末に187名に及び、第二次移民に於いても1 1年8月末団員数285名であるから、これも第一次と同様の激減を示し、約 4割が退団したということになる。 退団者四割、現在定着者6割ということは、試験移民として残した貴重な実 情報告といわなければならない。なんとなれば日本人の満州移民が可能か否か の問題は、実は、この6割が退団者に属するか定着者に属するかの問題であっ たのだから。 それだけ、第一次、第二次移民が、先駆者としての心意気は物凄かった。 「我々は満州の地に降ろされた神国日本の使徒である。かつて、神代の昔、高 天原に天孫が降臨されたやうに、我々は北満州の一角に新しい高天原を築くの だ」という信念に燃えている。第一次移民団は、その移民地に弥栄村と名づけ た。第二次移民団は、移民区域の満州名(七虎力・チフリ)を日本風にして千 振郷と呼んでいる。  過去5年にわたって、30余回の交戦において移民団が示した果敢な戦闘ぶ りに付近の大小匪賊団はもはや移民団にたいしては敢えて手出しをしょうとし ないまでになり、11年は田畑1000町歩の作付けを行った。共同耕作であ るが、1戸当たり3町歩に相当する。千振郷ではその他に2700町歩ほどの 小作までさせている。今後、開墾完成のあかつきには1戸あたり畑8町歩、水 田2町歩、林牧地10町歩の割合となる筈で、すでに用地の商租もすまされて いる。  弥栄村でも、千振郷でも、最初、単身移民であった者がもはや家族を迎え個 人家屋も九部九厘まで完成して永住の相をみせはじめた。  弥栄村の昭和10末現在の有様をみると移民310名のうち、妻を迎えた者 が223人、弥栄村で生まれた赤ちゃんが99人、村員合計676名となって いる。千振郷でも、11年8月末郷員285名のうち、246人までは内地か ら妻を迎え現地で生まれた赤ん坊は105人という大量生産である。  弥栄村においては、昭和11年10月15日(チャムス上陸四周年記念日) に翌12年の紀元節をもって完全な独立経営に移る旨を宣言、移民もいよいよ 一本立ちするようになったわけである。」 満鉄弘報双書「満州は移民の楽土」はこのように満州農業移民の初期の困難 とその克服を詳しく述べたのに加えて、拓務省移民はその後毎年一回づつ第三、 第四、第五次が送られ、昭和12年には第六次移民が予定されていること、拓 務省移民以外にも宗教団体その他いろいろな自由集団移民が各地に入植してい ることを告げ、さらに満州国政府、満鉄、日本財閥の出資による満州拓殖会社 が設けられ、今後は移民に対し積極的な助成をしょうとし、100万戸500 万人移民20ケ年計画も進められていること、その計画の一部として移民5ケ 年10万戸の実施計画が当局で立案され、その初年度たる昭和12年は集団移 民5000戸、自由移民1000戸が送られることになっており、13年度以 後も次々と予定されると告げている。  私たちが月山丸によって、視察に出かけた第一の目標である大日向村分村移 住団は、こうした流れのなかで行われた入植であった。 *    *    *  近藤康男は、当時農林省の外郭団体である農村更生協会の企画した移民地視 察団の団長に祭り上げられて、満州へ出発した。今から考えればこのこと自体 が戦争協力の一つといえるできごとである。 どうしてこうなったのか、当時の近藤の立場と農林省・拓務省の満蒙開拓計 画の関係を見てみよう。 (次号に続く、詳細は『近藤康男三世紀を生きて』参照) http://nazuna.com/100sai/ http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/book/03wadai.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <健康食情報>メープルサップ「きさらぎふうろう」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  山形県金山町の栗田和則さんから、私と近藤康男先生にと瓶詰めの清涼飲料 水を贈ってきた。杉沢地区に自生するイタヤカエデの樹液をいただいた樹液1 00%の自然飲料という。  近藤先生に伝えると「昔から山で働く人たちがカエデの樹液を飲んでいたこ とは聞いていたが、これは初めてだ」といわれる。ほのかに甘い樹液で疲れた 体を癒してきたそうだ。栗田さんによると杉沢地区では古くから「2月泣きイ タヤ」と呼んでいたというので「如月楓露」名付け、健康飲料にしたという。  カナダやアメリカ北東部で生産されるメープルシロップの原液を採取してい るサトウカエデの仲間で蔗糖をふくむ。だから「きさらぎふうろ」を濃縮すれ ば、琥珀色の美しいメープルシロップができる。  その他、カルシウム、カリウム、マグネシウム、ナトリウムなどのミネラル 分をふくむ森林の生命水です。  採取者:山形県最上郡金山町杉沢  共生のむら すぎさわ メープルサップ研究会 http://www.maff.go.jp/soshiki/nouson_sinkou/nousonseisakuka/nousonkouryu/kouryu/hyakusen/jirei/tohoku/toho08.html  販売者:同上 暮らし考房 電話・fax 0233ー52ー7132 http://shinjo.dewa.or.jp/kaneyama/taiken/kurashi.html http://www.ybc.co.jp/TABI98/TABI02-3/TB0232.HTM http://www.yamagata.isp.ntt-east.co.jp/commun/katsuyaku/kurita/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <山崎農業研究所>総会:6月29日「減反100万haの現地は、いま」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  2001年6月29日(金)13:00〜17:30  場所:アーバンクラブ セミナー室(東京ガス四谷クラブ5階)    新宿区愛住町・四谷3丁目交差点近く  総会・活動報告と計画、山崎記念農業賞贈呈式  シンポジウム:「減反100万ヘクタールの現地は、いま」 WTO・新基本法・食料主権をふまえ、減反100万htの現実をどうとらえ るか。現地での苦悩と創意に学び、新たな水田農業の方向と可能性を検討する。 司会:古野雅美(森とむらの会専務理事・山崎農業研究所会員) 1、地域連携による飼料稲の普及(埼玉・善ケ島地区)増山忠良 2、転作定着は地産地消(茨城・新治村)栗原愛明 3、麦・大豆作化の要点(青森・五所川原市桜田集落)笠井実 4、中山間地関係(交渉中) 話題提供と参加者討論(15:15〜17:30) 入場希望者は、03ー3357ー5616 小泉・井上まで連絡を。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農文協図書館情報>川田信一郎文庫を公開 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <閉架式個人文庫―6>川田信一郎文庫 http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/book/076kawatabunko.html 川田信一郎 (かわた しんいちろう)1918〜1984 略歴:1918(大正7)年生まれ,広島県で育つ。旧制第七高等学校造士館 を経て、41年東京帝国大学農学部農学科卒業。46年東京帝国大学助教授。 52年農学博士。60年東京大学教授に就任して農学第三講座を担当。70年 東京大学農学部長,日本学術会議会員などを歴任。79年停年退官,東京大学 名誉教授。元農文協並びに図書館理事。 主な著作:『村々を訪ねて』(農民教育協会1951)『作物災害論』(養賢 堂1953)『米の増産』(共著・岩波書店1953)『農村の貧困』(東大 出版会1956)『作物の科学』(東大出版会1956) 『冷害―その底に潜むもの―』(家の光協会1965)『日本作物栽培論』 (養賢堂1976)『水稲の根・論文集』(農文協1982) 『写真図説 イネの根』(農文協1982) <早くから英才の誉れ高く,農業の現実に学び水稲の根の研究に結実>  川田先生の研究・業績を『日本作物学会紀事』53巻4号(昭和59年12 月)追悼文を借りて紹介する。 「先生は昭和33年より26年間余,本学会の評議員を務められ,この間,昭 和45〜46年には副会長,同47〜50年には会長の重責を果たされ,創意 に満ちた数々のご提言によって,50周年記念事業では『日本作物学会50年 の歩み』および『作物学用語集』の刊行に実を結んだ。(中略)  先生のご研究はきわめて多岐にわたり,その成果は数多くの論文・著作とし て公表されているが,その基本には,つねに農業の現実から学ぶという態度が 貫かれていた。とくに本学会紀事に掲載された『水稲根の生態に関する形態形 成論的研究』は作物の根と土壌の重要性を喚起した業績として,高く評価され, 昭和44年,日本農学賞の栄誉に輝いた。また農村調査に基礎をおいた研究 『風害の構造』は,第二次世界大戦後の学界に新風を送り込んだものとして注 目され,この作物栽培の構造論ともいうべき論考は,その後『作物災害論』, さらに『日本作物栽培論』へと集大成され,これらの業績に対して昭和54年、 日本農業研究所賞が授与された。  先生の豊かで強烈な個性は,高い識見と相まって,先生に接する人それぞれ に忘れ難い印象を与えるものであり,先生の温かい人柄がこれを裏打ちして, 研究者はいうに及ばず,広く農業に関わる各界の人々から,深く敬慕された。  退官後は,時折襲う病魔と闘いながらの日常であったが,健康を快復された 折りの,自由な立場からの活躍は目を見張るものがあり,足しげく東アジア諸 国を歴訪され,日本での研究の成果を世界に展開させようという計画を立てら れた矢先,66歳の若さでの逝去はまことに惜しみて余りあるものであった (後略)。」 <蔵書の内容>  閉架式書架番号17と18に収納されている図書の内容は自著・執筆論文、 気象・災害・科学技術論の他,特に専門書だけでなく農民自身の著作になる篤 農技術に関する単行本を集めて,その現実から学ぶという姿勢が伺われる。ま た日本および世界の地域別農業や広く他分野の専門書・研究論文が多いのが特 徴である。さらに社会科学・農業経済学・農学史などの専門書も先生の学識の 多彩な面を教えてくれる。図書総数:1,719点 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農業・図書情報>目で見る「近藤康男の本」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  102歳で「三世紀を生きて」の本を出した記念に近藤康男の農文協刊行の 著作を集めて、写真入りで紹介し、注文を受けるというコーナーが出来た。 http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/book/03wadai.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <本誌記事の無断転載を禁じます、教育目的の転載も承認を求めて下さい>  投稿メールは原則として<読者の声>に掲載します。都合の悪い方は「載せ ないで」と明記して下さい。ペンネームの無い方は性だけで載せますので、ご 了承ください。内容は自己責任でお願いします。字数は200〜400字を標 準とします。短い文章で簡潔に書く練習のつもりでお願いします。 ---------------------------------------------------------------------- ◎エッセイ募集、「20世紀の記憶・忘れてならないもの」そのほかテーマは 自由です。エッセイは主題を絞って分かりやすい文章を募集します。  字数:500字以内。締切:なし、いつでも適宜に掲載します。お名前(ハ ンドネームでも可)年齢を明示して下さい。 ---------------------------------------------------------------------- ━PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■■        劇団文化座・旅公演 ■■■□  原作・志賀かう子 脚本・堀江安夫 演出・鈴木完一郎 ■■□□  『ほにほに、おなご医者』ほにほに、おなごせんせい ■□□□       公演期間 2001年5月11日〜8月3日 □□□□     中国ブロック・中部・北陸ブロック演劇鑑賞会 □□□□ 御覧になりたい方は、各地演劇鑑賞会へのご入会が必要です      ★7月 1日(日)我孫子公演のみ劇団取り扱いします。★ http://bunkaza.com/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━PR━━━ ■山崎農研発行の書籍のご案内 http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_books.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●協力をいただいているサイト紹介コーナー 「農文協ルーラルネット」 http://www.ruralnet.or.jp/ 「山崎農業研究所」 http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_index.htm 「劇団文化座」 http://bunkaza.com/ -------------------------------------------------- 「76歳の伝記ライター 原田 勉」ホームページ制作管理 internet SOHO なずなコム http://nazuna.com/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ここまで読んでいただきありがとうございました。 ■ご意見・ご感想は、Eメール mailto:tom@nazuna.com または、電耕掲示板 http://www62.tcup.com/6201/tom.html? までお願いします。 ●メール送付の際のご注意案内↓ http://nazuna.com/tom/denshico.html#mail 『電子耕』は、2つのルートで配送しております。   『まぐまぐ(ID=14872)』 http://www.mag2.com/   『Macky !(ID=1283)』 http://macky.nifty.com/ ★SPECIAL THANKS to INTERNET JAH http://www.jah.ne.jp/ <本誌記事の無断転載を禁じます> 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