*****ここから『電子耕』**********************************************   隔週刊「76歳が送る農業文化マガジン『電子耕』」  第59号   --農業・健康・食・図書・人物情報--  http://nazuna.com/tom/denshico.html 2001.5.31(木)発行      東京・ひばりケ丘  原田 勉 mailto:tom@nazuna.com ********************************************発行部数1270+81部******** <キーワード>   農業を中心として健康・食べ物・図書・人物・庶民の歴史をめぐる雑学情報 を提供し、<読者の声>欄でお互いの意見交換の場を作りましょう。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 目 次--------------------------------------------------------------- <読者の声>小泉さん、田んぼのおばさん、 <舌耕のネタ>「満州侵略の誤りを反省」の老学者  <人名・歴史情報>近藤康男・3世紀(聞書き草稿・連載1) <健康食情報>夏ばて防止に「ゴーヤチャンプル」 <ロシア農業>山崎農業研究所:ロシアの農業・野菜事情報告 <農文協図書館情報>稲遺伝・松尾孝嶺文庫を公開 <図書情報>目で見る「近藤康男の本」 <日本たまご事情>コレステロール値は高くていい(斎藤富士雄) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <読者の声>ここはメール交換の場です。編集者はコメントしない場合もあり ますがこれは、メールを無視したわけでは無く、読者同士の交流にゆだねると いう意味ですからご了承下さい。---------------------------------------- <読者の声> ■5/15 小泉さん:簡易新茶の楽しみ方 簡易新茶の楽しみ方 屋敷周りのお茶の葉をビニール袋半分ほど摘み、こんな方法で新茶を楽しみ ました。  摘んだ新芽を水洗いする。  熱湯に1〜2分くぐらせる。  こね鉢べで揉み絞りながらおにぎり程度に丸める。  大ぶりのフライパンをガスコンロにかけ、ほぐしながら水分を飛ばす。  2〜3分で紙の上に広げ、冷めたところで、棒状に練る。  これをほぐしながらまたフライパンに入れ水をとばす。  かさかさと音が出る程度まで4〜5回繰り返すと出来上がり。  焦がさないよう弱火にするが、多少焦げてもその香ばしい香りもまた良い。  全くの手探りの新茶ですが、なかなかの好評。朝の梅干と良くあう。 ビニール袋半分の新芽でお茶筒4本というところか。どなたか、簡易製造法の 情報をお寄せください。(茨城・岩間 小泉) ■5/18 田んぼのおばさん:21世紀に残った「褌」   昨年『褌の話』を載せていただきました。  息子たちに伝えたいと希望を抱いていましたが、なんと中三の息子が愛用者 となりそうな気配。母親としてはびっくりですが、どうも歴史の勉強のなかで 日本の古来のものに興味をもち、着物を着たいと思ったようです。そこで「む かしはパンツなんてないからみんな褌よ」と、父親の褌の話をしましたら「僕 もしてみる」となり、一本専用のものを決めて使い始めたのです。(着心地が よいのでしょうか・・・?)  健康によい、環境によいものがいちばんおしゃれだと感じるようになってほ しいものです。                 田んぼのおばさん P.S. 今年も麦刈り、田植えの季節がやってきました。忙しくなりそうです。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <舌耕のネタ>「満州侵略の誤りを反省」の老学者  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 102歳の出版記念会に話すことは、普通なら功成り、名遂げた人の自慢話 が多いものだが、5月12日に行われた「近藤康男先生三世紀を生きて」の祝 う会(代表梶井功)の老学者は違っていた。  著書を贈るご挨拶の文中でも「中国への侵略がひどくなった戦前の満州農業 移民の大計画が国策として無理に進められたのを批判せず、むしろそれを進め ることに参画したのは誤りであった」と深く反省を述べている。  今問題になっている「新しい歴史教科書をつくる会」の中学歴史教科書は中 国侵略についてどう表現しているのか、「つくる会」の執筆者は、満州国につ いて近藤康男の証言を読んで欲しい。教科書は侵略を受けた国や、植民地支配 を受けた国の人々が納得しない内容であってはならないし、それは日本人にと っても好ましいものではない(次項の歴史情報連載を参照されたし)。  私たちが昭和前期に受けた教育によって軍国少年になった過ちはくりかえし てはならない。「過去を忘れず戦争のない21世紀にしてほしい」という近藤 先生の提言を肝に銘じたい(原田勉)。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <人名・歴史情報>近藤康男・3世紀(聞書き草稿・連載1) 「満州」農業移民とのかかわり ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 満州事変は1931年8月19日関東軍参謀らによって奉天郊外の柳条溝の 満鉄線路を爆破して起こした。満州占領をくわだて、侵略を始めた。その後1 932年3月には満州国建国宣言をした。  そのころから満州農業移民は始まった。近年社会問題になっている、中国残 留婦人や残留孤児のなかに一番多いのが移民団として、あるいは大陸の花嫁と して満州に渡った人々の関係者である。  敗戦直前の在満開拓民はおよそ27万人、うち引き揚げまでの死者7万85 00人、つまり三人に一人の割合で亡くなっている。他方敗戦時在満日本人の 総数は155万人、その内引き揚げまでの死者17万6千人。開拓民の死亡が 50%を占めている。北満の辺境におかれ、対ソ連の盾として軍隊に利用され たと見るのが至当であろう。以下は近藤康男の3世紀を記録する聞書きに注釈 を加えた第1次草稿である。目次に添って連載する。このほど発行された『近 藤康男 三世紀を生きて』はこの草稿を基に近藤自身の編集によって完成した。  1、「満州」農業移民の誤り  2、月山丸にて…「満州は移民の楽土」?  3、武装移民と農林省の満州移民計画 4、新大日向村移住の問題点  5、土地買収という名の収奪・追放  1、「満州」農業移民の誤り  近藤康男は旧満州(現在の中国東北部)に出張したのは3回である。初めは 昭和8年9月満州農学会設立に出席し、2回めは13年9月移住地視察のため 3週間訪問。3回めは14年に日満農政研究会総会に出席した。 近藤は回想「満州」農業移民の項の冒頭で次のように述べている。  ひとつの悲劇に終わった「満州移民」の誤りを推進した理論は、昭和農業恐 慌を資本主義体制そのもののもつ矛盾、ことにそのなかで農業・農民がおかれ た生産関係に求めず、農村人口過剰の問題として捉えるマルサス的人口論であ ったと思う。私がいま農業経済学者としてひそかに反省しているのはその点で ある。なぜなら同じ考え方が今日においてもいろいろの場面でいろいろの形を とって現れるからである。 「私は、分村移住の第一陣として有名となった大日向村の満州移住地を昭和1 3年10月に訪問した。そのことを中心にあの時代の国策として進められた満 州農業移民について記すことにしよう。」 分村移住政策というのは、これまでの拓務省の第一次・第二次の移民団は、 その名も満蒙開拓義勇軍といって、若い在郷軍人を資格者とした軍の別働隊で あって、抵抗は武力で排して満州の農村へ割り込ませる考えで昭和7年から毎 年1団づつ出していたのである。それが、どうやら定着する見込みがついたの で、もっと大量の移民をという要求と、農林省が農業恐慌対策として町村を援 助してきた。  農村経済更生計画の一つとして町村に計画させようという国策であって、こ の方式で、20年間に100万戸、500万人を満州へ移住させるという大計 画の基本と考えられていたものである。  農村窮乏の原因を農村人口過剰・農業経営規模の零細性に求める認識に基づ き、農村の経済更生には過剰人口の処理が必要であるとする農林省的考え方と 満州支配の基礎として農業移民を求める関東軍の要求とが結びついたのが満州 農業移民という国策であった。昭和12年に移住という形が生まれた所以であ る。大日向村はその第1号である。 農林省の分村移民の呼びかけに反応をしめした町村は少なくなかったので、 農村更生協会の企画した満州農業移民地視察団には、分村移住を考慮中の村長 を中心に全国の町村から46名が参加し、昭和13年1月出発した。大日向村 の分村移住が全員入植完了後4カ月であった。団長は私。団長の主要な任務は、 彼の地に渡ってから、時々東京を望んで「天皇陛下万歳」の音頭をとることで あった。(次号に続く、詳細は『近藤康男 三世紀を生きて』参照) http://nazuna.com/100sai/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <健康食情報>夏ばて防止に「ゴーヤチャンプル」(原田 勉) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  NHK連続テレビ小説「ちゅらさん」は、沖縄出身のヒロイン恵里の半生を 通じて、命の尊さ、家族のきずなを描いている。  このテレビで「ゴーヤ」がよく登場する。沖縄では夏野菜のうちスイカ、キ ュウリに続く第三位の生産量がニガウリである。それほど沖縄とニガウリ(ゴ ーヤ)は切っても切れない関係である。  沖縄・鹿児島・宮崎・熊本など南九州では、昔から食用として栽培されてい る「ニガウリ」はウリ科の仲間で、沖縄ではゴーヤと言い、鹿児島ではニガゴ イと言う。原産地は東インドまたは熱帯アジアであるが、今では沖縄から九州 は勿論、どこでも作られて、日本中のスーパーでも売られている。  三年まえのこと、私は中国東北部(旧満州)に旅行した。そのとき長春市旅 行社の招待宴でこの「ニガウリ炒め」に出会った。中国人の社長に「どうして 沖縄の料理がこんな寒いところでてくるの?」というと、共産党の偉い人が、 「ニガウリはビタミンCが多く、解熱効果も高い、ガンも予防するから」と言 われてビニールハウスで栽培していると説明された。珍しい貴重な材料で美味 しい料理を出すのがお客をもてなす方法だというのがお国柄だが、さすが漢方 の国だ、健康志向が気象条件を越えて日本・沖縄のニガウリが取り入れらてい るのかと感動した。  沖縄では、むかしから庭の日除けとして棚にならしていたが、その後、しだ いに食用にされるようになった。独特の苦みがあるが、なれるとかえっておい しく、なくてはならぬ野菜である。 ニガウリは夏負けの薬として、表面をすりおろして汁をのませることもする。 ニガウリ100グラムの中にビタミンCが200〜300ミリグラムあるので、 確かに優れた健康食といえよう。解熱効果も高く、内蔵、皮膚などを丈夫にす るなど萬病の薬といわれる。高温植物で病虫害にも強く、土壌適応性も広く、 沖縄の夏野菜の代表である。夏バテ防止に欠かせない特産野菜だ。たくさん出 来たときは、薄切りにして砂糖やミリンの甘酢につけておくと保存食として、 ご飯のおかずにもなるし、酒の肴にも喜ばれる。 <ゴーヤチャンプルの作り方>   ニガウリはまるごと水洗いして、縦半分に切り、中の種とわたを出して半月 切りにして塩をすこしふってもんでおく。豚油(ラード)をよく熱したなべに いれ、手で大きくちぎった豆腐を焦げ目がつくくらいに炒める。暑い夏には豚 肉を炒め、搾ったニガウリを加えて塩味かみそ味にする。けずり節やかまぼこ の短冊切りなどを加えるとダシがでてニガウリの苦みが薄れる。あまりたびた びかき混ぜると苦みが増すから手早く仕上げる。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <ロシア農業>山崎農業研究所:ロシアの農業・野菜事情報告  5月18日に行われた研究会の概要をやぶにらみ報告。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 1,ロシアの農業と環境・・中央アジアを中心として(都留信也・日大教授) ●ソ連崩壊後、ロシアでは土地改革後10年たったが農業生産は第二次大戦後 と同じレベルに落ち込んでいる。カロリーは1人当たり3800から2500 に落ちている。 ●農民は窮乏し、土地は安く耕地の半分は利用されていない。新興財閥の手に 集められている。 ●食料不足は都市だけでなく農村にも及んでいる。穀類の不足は外国から買う しかない。野菜、ジャガイモ、牛乳の50%は近郊農村が供給している。 ●地方自治体で土地法を制定する動きがある(詳細略) 2,ロシアの野菜生産・・自留地と市民菜園(芦沢正和・元野菜試験場) ●農業生産が偏っている(農産物の経営別生産比率)。  穀物・甜菜・ヒマワリ・卵は大規模農業企業から。  ジャガイモ・蜂蜜の大部分、野菜の8割は小規模経営から。  独立自営農民からの生産物はまだ少なくヒマワリ13%、穀物7%、甜菜5 %にすぎない。 ●野菜の種類は日本よりかなり少ない(多いもの・変わったものを挙げる)。  果菜:トマト、キュウリ、(食用ホオズキ、ペポカボチャ)  根菜:ビート、ニンジン、カブ、(ラディシュ、ルタバガ)  葉菜:キャベツ、(酢漬け用も多い)カリフラワー、レタス  ネギ類:タマネギ、ニンニク、リーキ、シャロット、ネギ  マメ類:エンドウ、インゲン、ソラマメ  スイートコーン ●野菜の種子供給  ジャガイモの9割、野菜の8割は自留地や市民菜園からの生産で、日本では 考えられないほどの小袋種子が流通している。オランダからの導入も多い。 ●私的土地利用がふえている  ソ連時代には農民や農村居住者に土地を貸して、住宅を作り菜園としていた。 都市住民には郊外に菜園用地を貸して、別荘(掘っ立て小屋)と菜園とし、週 末をここで過ごした。これは現在でも継続している。ここでジャガイモ、野菜、 果樹などを栽培し、飢餓脱出に貢献した。今はここの生産物を販売して家計の 足しにしている。販売用の花の栽培もみられる。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農業図書館情報>稲遺伝・松尾孝嶺文庫を公開 http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/book/074matsuobunko.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎ 松尾孝嶺文庫 松尾孝嶺 (まつお たかね)1912〜 略歴:1912年福岡県生れ,旧制第五高等学校を経て,1934年東京帝国 大学農学部農学科卒業。農林省農事試験場助手,奥羽試験地で冷害研究,新潟 県で雪害防除試験に従事,その後農林省農事試験場技師となり,鴻巣試験地で 稲育種研究室長,農業技術研究所技官,農林省農業改良局研究企画官を歴任し た。その後,東京大学農学部教授として育種学研究に従事,停年退官後は玉川 大学農学部教授。現在,東京大学名誉教授,農文協理事,1997〜99年農 文協の会長を務めた。農文協図書館理事。 主な著作・編著:『水稲栽培の理論と実際』(農業技術協会),『育種学』 (養賢堂),『放射線農業生物学』(養賢堂),『育種学要論』(養賢堂), 『生命科学ノート』(東大出版会),『日本の稲』(岩波書店),『環境農学 概論』(農文協),『稲学大成』(農文協) <生涯を稲作研究につくす>  2001年1月4日,農文協では松尾孝嶺前会長の米寿記念講演が行われた。 テーマは若き日の「稲作研究の思い出」であった。1934(昭和9)年,大 学卒業と同時に農林省農事試験場鴻巣試験地の稲作研究室に配属され,生涯を 稲作研究に関連する仕事につくように運命付けられたという。新人の訓練期間 は稲の品種の名札書きから種蒔き,田植え,生育調査,稲刈り,収量調査など を経験した。その年すでに満州事変が始まっており,国内では東北地方の大冷 害が発生して,冷害対策が急がれていた。  翌年松尾さんは奥羽試験地冷害対策室に転勤し,稲の冷害生理,低温障害の 研究にあたった。次の年は日本海沿岸に大雪があり,新潟の堀之内町に新設さ れた雪害防除試験地の主任として赴任した。ここで4年間研究をつづけ,その 結果は『農作物の雪害防除試験成績』として農林省で刊行され,日本農学賞を 授与された。  1942(昭和17)年からは鴻巣試験地にもどり,育種研究室長になり, 稲育種の全国組織の統括,全世界の稲遺伝子の収集と保存,その稲品種の特性 調査を行い,『栽培稲の種生態学的研究』『栽培稲の起源と分布』をまとめた。  戦後は主として研究企画や東京大学農学部の育種学研究室で,稲の研究と学 生の教育に力を注がれた。その成果から多くの著作・編著がうまれ,なかでも 『稲学大成』およびその英訳本は生涯の集大成となった。 <蔵書の内容>  閉架式書架番号21と22に収納されているが,松尾先生の業績に応じて 「育種学・遺伝学」関係の書籍,雑誌論文が大半を占め、概算432点。続い て作物学・栽培学が208点,環境・農学・農業年報・農業技術が270点, 農学史・研究所報告・年報が107点,育種学雑誌76点,アルファベット順 に整理された育種・遺伝生態学関係研究者論文抜き刷りが135ケース・12 段ある。書架番号22―9,21―9には農文協や農業関係出版社の出版物, 農学者随想・回想禄、学校関係・雑誌などが346点。合計1486点。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農業・図書情報>目で見る「近藤康男の本」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  102歳で「三世紀を生きて」の本を出した記念に近藤康男の農文協刊行の 著作を集めて、写真入りで紹介し、注文を受けるというコーナーが出来た。 http://www.ruralnet.or.jp/news/kondou/tankou.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <日本たまご事情>コレステロール値は高くていい(斎藤富士雄) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 歳をとるとお医者さんは「コレステロールが増えるから卵は控えめに」といい ます。 人間ドックでは血中コレステロールが220mmを超えると警戒マークがつき ます。 コレステロールを気にしている人は6月号の文芸春秋(月間誌)記事「コレス テロール値は高くていい」をお読みください。 著者は慶応大学医学部講師近藤誠先生です。  要旨は 1:血中コレステロール値が従来危険値と言われている220mmより高めの 人の方が総合死亡率が低い 2:220mmを超える人に投薬を勧めるのは医薬業界と医学界の癒着による もの 3:コレステロール降下剤は医薬業界のドル箱、その販売戦略に乗せられるな 「たまご−高コレステロール−動脈硬化−死亡率の増加」の神話を計画的に作 り出し、自分たちの薬を売ろうとは「さもしい」限りだ。 「世界中でダントツにたまごを食べる日本国民が世界一の長寿」の謎がひとつ 解けた。 齋藤 富士雄 (株)愛鶏園 http://www.ikn.co.jp/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <本誌記事の無断転載を禁じます、教育目的の転載も承認を求めて下さい>  投稿メールは原則として<読者の声>に掲載します。都合の悪い方は「載せ ないで」と明記して下さい。ペンネームの無い方は姓だけで載せますので、ご 了承ください。内容は自己責任でお願いします。字数は200〜400字を標 準とします。短い文章で簡潔に書く練習のつもりでお願いします。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎エッセイ募集、「20世紀の記憶・忘れてならないもの」そのほかテーマは 自由です。エッセイは主題を絞って分かりやすい文章を募集します。  字数:500字以内。締切:なし、いつでも適宜に掲載します。お名前(ハ ンドルネームでも可)年齢を明示して下さい。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■■        劇団文化座・旅公演 ■■■□  原作・志賀かう子 脚本・堀江安夫 演出・鈴木完一郎 ■■□□  『ほにほに、おなご医者』ほにほに、おなごせんせい ■□□□       公演期間 2001年5月11日〜8月3日 □□□□     中国ブロック・中部・北陸ブロック演劇鑑賞会 □□□□ 御覧になりたい方は、各地演劇鑑賞会へのご入会が必要です http://bunkaza.com/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━PR━━━ ■山崎農研発行の書籍のご案内 http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_books.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●協力をいただいているサイト紹介コーナー 「農文協ルーラルネット」 http://www.ruralnet.or.jp/ 「山崎農業研究所」 http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_index.htm 「劇団文化座」 http://bunkaza.com/ -------------------------------------------------- 「76歳の伝記ライター 原田 勉」ホームページ制作管理 internet SOHO なずなコム http://nazuna.com/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ここまで読んでいただきありがとうございました。 ■ご意見・ご感想は、Eメール mailto:tom@nazuna.com または、電耕掲示板 http://www62.tcup.com/6201/tom.html? までお願いします。 ●メール送付の際のご注意案内↓ http://nazuna.com/tom/denshico.html#mail 『電子耕』は、2つのルートで配送しております。   『まぐまぐ(ID=14872)』 http://www.mag2.com/   『Macky !(ID=1283)』 http://macky.nifty.com/ ★SPECIAL THANKS to INTERNET JAH http://www.jah.ne.jp/ <本誌記事の無断転載を禁じます> ********************************************************************   隔週刊「76歳が送る農業文化マガジン『電子耕』」  第59号    --農業・健康・食・図書・人物情報--  バックナンバー・購読申し込み/解除案内 http://nazuna.com/tom/denshico.html 2001.5.31(木)発行      東京・ひばりケ丘  原田 勉 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