*****ここから『電子耕』**********************************************   隔週刊「75歳が送る農業文化マガジン『電子耕』」  第45号   --農業・健康・食・図書・人物情報--  http://nazuna.com/tom/denshico.html 2000.11.9(木)発行      東京・ひばりケ丘  原田 勉 mailto:tom@nazuna.com ********************************************発行部数1296+72部******** <キーワード>   農業を中心として健康・食べ物・図書・人物・庶民の歴史をめぐる雑学情報 を提供し、<読者の声>欄でお互いの意見交換の場を作りましょう。 --------------------------------------------------------------------- <本誌記事の無断転載を禁じます、教育目的の転載も承認を求めて下さい>  投稿メールは原則として<読者の声>に掲載します。都合の悪い方は「載せ ないで」と明記して下さい。ペンネームの無い方は姓だけで載せますので、ご 了承ください。内容は自己責任でお願いします。★字数は200〜400字を 標準とします。短い文章で簡潔に書く練習のつもりでお願いします。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 目 次 <読者の声>自転車にのってさん、 <舌耕のネタ> 私の20世紀の記憶(1)昭和初期の恐慌 <農業文化情報>山崎農業研究所の研究会   定例研究会「今農村では何が起こっているか」12月8日(金)14時-17時 <図書・情報>『国定忠治』高橋敏著 岩波新書 <農業・図書情報>農文協図書館の守田志郎文庫公開 <農工大・国際情報> 第7回農工大中国同窓会報告HP <農業・図書情報>近藤康男の「三世紀を生きて」第4回その2・ (10月号)昭和農業恐慌からの脱出策は ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <読者の声>ここはメール交換の場です。編集者はコメントしない場合もあり ますがこれは、メールを無視したわけでは無く、読者同士の交流にゆだねると いう意味ですからご了承下さい。---------------------------------------- ◎ 投稿募集、「20世紀の記憶・忘れてならないもの」この100年の日本・ 世界のできごと、私の忘れられない記憶を募集します。  字数:500字以内。期待しています。締切:12月15日まで、いつでも  適宜に掲載します。お名前(ハンドネームでも可)年齢を明示して下さい。 ---------------------------------------------------------------------- <読者の声> ■10/28 「自転車にのって」さん:日本の方に目を向けて まず、私たちの住む日本の方へ目を向けるのはどうだろう。 「この家は父の家です。父がかりた家です。それなのに、なぜ、このようにし てお願いしなければならないのでしょう。又、父は、おじいちゃんと同じよう に、これまでなにも悪いことをしたことはありません。それなのに、なぜ、こ のようにあやまらなければならないのでしょう。」(ピョンヤンにソ連軍が進 駐してきたとき、そこにすんでいた小林千登勢の幼いときの言葉として。「お 星さまのレール」小林千登勢著1982年金の星社刊) 敗戦当時、朝鮮に住んでいた小林千登勢が引き上げの様子を書いた作品。戦後 40年近くたってもこのような考えから抜け出すことはできなかった。 日本の東京に、名古屋に、大阪に、長野に中国人や朝鮮人の正規軍が入り込み 「東」京大虐殺を行ったのではなく、皇軍(私の父たちが)大陸に入り込ん で、満蒙開拓団や、関東軍やらで当地の農民たちの生活を破壊したのだから。 過去に行われた事の事実に近づくことの努力と併せて、それらを記憶にとどめ る人たちの感情に敏感になること。そして、それらの人々の感情に寄り添うよ うな事はできないのだろうか。(戦後世代が語る3)  田んぼのおばさんへ 失礼しました。すみませんでした。褌のことも考えてみ ます。                  「自転車にのって」より ●コメント:日本の現実・過去・未来についての意見投稿歓迎します。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <舌耕のネタ> 私の20世紀の記憶(1)昭和初期の恐慌 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  私にとって20世紀とは何であったか。借り物ではなく自分の確かな記憶だ けを述べたい。1925年3月生まれだが、ものごころついたのは7歳くらい からだ。1932年10月、一番上のあぼ(兄)が結核で亡くなった。それま で離れの鶏舎の1室で3年くらい療養していた優しい兄で、父も頼りにしてい たが25歳で亡くなったのだ。そのころ農村でも結核が蔓延していて恐ろしい 死の病だった。  翌年3月父が自殺した。検視の巡査が仏の枕元で、母に発見した当時のこと をいろいろ問糾していたのが今でも目に焼き付いている。  当時は判らなかったが、精米業と米の仲買を営んでいた父は昭和恐慌によっ てコメが値下がり、株式相場に手を出したが立ち行かなくなったあげく、長男 の死亡が引き金になって、保険金目当ての自殺であったという。多額の借金は 返済できたが村の中では倒産した後家の家となった。以来、私は借金と株・投 機の恐ろしさは身を以て自覚し、その後一生を支配する負い目を感じていた。  母は、病弱な18歳の次男を頭に5人のこどもを遺され、コメの引き売りで 生計を支えた。自宅でもコメの小売りをしていて、私も計り売りを受け持って いたが、毎日コメ5合を買いに来る漁師のかかがいた。家族7人でどうして5 合のコメで食って行くのだろうと思っていたが、嵐で漁が出来ない日が続くと 2日もコメを買いに来ない日があった。カライモも無くなったころだというの にどうして暮らしていたのか。後で判ったことだが娘たちはからゆきさんと同 じ道を求めて海外に出稼ぎに行ったという。  1936年2・26事件が起こり、郷土の天草からも陸軍士官学校の(候補 生)生徒が参加したというので農業恐慌にあえいでいる農民はひそかに支持す る声を出していた。その大人の話を直接耳にした。11歳のとき小学校でも 「非常時」というのが流行語になった。何となく戦争が始まるのではないか、 そうしたらどうしたら良いか、次兄は「勉は幼年学校に行けば」と言った。貧 乏でどうせ中学校には行けないのだから、授業料がいらないで将校になれるか らという意味だった。しかし、私は近眼になっていたのでその望みは無理だっ た。やがて1937年7月「支那事変」が勃発した。 (次回、私の20世紀の記憶(2)「兄弟3人戦場に」) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農業文化情報>山崎農業研究所の研究会  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  定例研究会「今農村では何が起こっているか」12月8日(金) 山崎農業研究所定例研究会の予定 2000年12月8日  14:00 - 17:00 太陽コンサルタンツ 6F 今農村ではなにが起こっているか(仮題) 都会をはなれて農村に生活しようという若者がふえています。農村を魅力ある ものにしようと地域の農業振興は注目を集めています。その一端をみる。 I.角田市の農業にかける夢 (角田農業戦略プランを中心として) 講師 菅野純一氏(交渉中) 宮城県角田市農業振興公社事務局長 菅野さんは角田市の農業振興のために農業者、農協などの農業関係団体職員、 市の職員が集まって「角田市農業戦略会議」を開き討論に参加してきました。 約1年間の討議の結果、「近未来の農村農業はかくありたい」という思いがま とまりました。これを紹介してみなさんの意見をお聞きします。 角田農業のグランドデザイン 1.角田農業はあしたもまじめです 2.角田では農業が好きなひとが食べ物をつくります 3.「角田の農家」から「これからの都市生活者」への提案 4.角田農業はグランドデザインする 5.食農学習の里エコミュージアム角田をめざして 6.あぶくま農学校の創設を 7.あざやかな地域循環農業をめざす 8.自立した農場制農業を中心に 9.角田市農業振興公社NPO II. インターネットで恋愛米・野菜・卵直販、百姓を楽しむ 講師 鈴木孝夫氏 鈴木さんは北茨城市在住の農業者で「すずき産地」というインターネットホ ームページを開いています。これを使って農業生産物を全国に販売、実績を上 げています。水稲3ha、野菜畑、養鶏農家。 http://suzuki31.page.ne.jp/ 1.レンゲで地力を肥やす 2.除草剤のかわりにアイガモに手伝ってもらう 3.仲間と地域興し「れんげの里」 4.インターネットで恋愛米・野菜・卵直販。百姓を楽しむ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <図書・情報>『国定忠治』高橋敏著 岩波新書 660円+税 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=00036331  東海林太郎のうたう「赤城の子守歌」を覚えている読者はいかほどおられる だろうか。あの哀切なメロディにのって忠治の子分浅太郎の背負う勘太郎は、 実は叔父勘助とともに殺されていた太良吉だった。忠治ものは明治中期から大 正・昭和と講釈・芝居・映画となり、このように伝承の世界に長く閉じこめら れていた。そのアウトロー国定忠治の実像を幕末の関東の庶民の生活と幕府支 配の崩壊を背景に歴史小説よりも面白く描かれた実伝である。  著者は国立歴史民俗博物館教授で近世村落生活文化史や民衆教育史の研究家 である。しかも実像に迫ることができたのは、旗本の羽倉外記の「劇盗忠二小 伝」「赤城録」によるという。羽倉は忠治と同時代を生き、国定村の代官を勤 めたこともある文人であった。要所要所にある、この文献の現代訳が効いてい る。その中に「天保の飢饉のとき忠治は私財を投じて飢民を救済した。私の管 轄の村むらでは飢餓がなかったとはいえない。忠治のことを聞いて恥ずかしさ のあまり顔面は真っ赤、背中に冷や汗をかいた」という。そうした証言をもと に忠治の生い立ちから行状の数々、子分や家族、勘助の真実、追いつめられる 忠治、中風になって捕らえられてから、これを支えた女たち、幕府の吟味と判 決、そして磔刑の壮絶な最期まで詳細をきわめた著述は見事である。  明治維新の15年前、1850年12月21日、上州大戸の関で1500人 余の大観衆の見守るなか磔の刑で14度も槍を受け、ようやく瞑目した。時に 41歳であった。  それから今年で丁度150年の遠忌に向けて著者は「歴史の中に埋もれてし まった忠治であるが、彼のエネルギーは、明るい近代化コースから排除された 人々の怨念の深層にマグマとなって体積し、無慈悲・無道がまかりとおる世紀 末の現世を睨みつけている」という。 幕府が崩壊に向かうとき賄賂・買収・ピンはね、警察権力と業者の癒着など 現代の政治に似ているのではないだろうか。一読の値打ちはあると推薦する。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農業・図書情報>農文協図書館の守田志郎文庫がインターネットで検索出来 ます。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 同図書館では11月中旬からインターネット蔵書検索データベースに近藤康男 文庫データと同時に守田志郎文庫のデータを追加公開します。守田文庫の概要 はつぎの通り、詳しくはホームページでご覧下さい。 http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/ <閉架式・個人文庫ー3>守田志郎文庫の概要 略歴:守田志郎(1924-1977)オーストラリア、シドニーに生まれる。 成城学園成城高校、1946年東京大学農学部農業経済学科卒業。大学院、農 林省(3年)、協同組合経営研究所(14年)、暁星商業短大教授(3年)、 名城大学商学部教授(5年)、1977年9月没。 主な著書:『地主経済と地方資本』『米の百年』(以上、御茶の水書房刊) 『農業は農業である』『農法ー豊農業への接近ー』『農家と語る農業論』『小 農はなぜ強いか』『農業にとって進歩とは』『対話学習日本の農耕』(以上、 農文協刊)『小さい部落』『二宮尊徳』(以上、朝日新聞社刊)『村の生活誌』 (中央公論社刊)『農業にとって技術とはなにか』(東洋経済新報社刊)など。 何れも従来の経済学や農学、歴史学になかった独自の見解を打ち出している。  閉架式書架番号20ー1から20ー9(雑誌の一部は19ー9)まで10書 架6段に収納されている。  故守田志郎教授は農文協とのかかわりが深く、特に亡くなる直前まで「東北 農家の懇談会」で農民との交流・話合いを毎年続けておられた。そこでの話や 懇談をもとに書き下ろしたものが『農家と語る農業論』と『対話学習日本の農 耕』である。農文協から刊行した著書や雑誌「現代農業」への執筆も多く、そ の関わりからご遺族の申し出により、故人が所蔵されていた全蔵書のうち学問・ 研究に関する図書のすべてを農文協図書館で保存することになり、守田文庫と 名付けた。守田教授の業績や学風については、『名城商学』第27巻第3号 「守田志郎教授追悼号」(1977年12月、名城大学商学会)にくわしい。  なお、調査報告書、謄写印刷資料、学会誌・雑誌などは未登録である。  閲覧希望者は来館して頂きます(館外貸出はできません)。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農工大・国際情報> 第7回農工大中国同窓会報告ホームページ更新 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ くわしくは下記のホームページをご覧下さい。  http://www.jc-yuko.gr.jp/ 11月5日には更新しました。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農業・図書情報>近藤康男の「三世紀を生きて」第4回その2・ (10月号)昭和農業恐慌からの脱出策は何処に ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (前回は「恐慌の研究と旺盛な著作」を送りましたが、その後半です。当時か ら農村対策として農林省と農協の結びつきは強くなったことがうかがえます) 4、産業組合と反産運動の真相(前半省略) 産業組合系統による農村流通の組織化は、不況対策としての米の統制強化と ともに進み、昭和六年まず全国米穀販売購買組合連合会(全販連)の設立で政 府米の買い上げを代行し、やがて戦時統制として、政府が米を配給する食糧管 理制度となってゆくのであるが、米の集荷を実施する実務組織として産業組合 系統が用いられ、民間の米の商業組織がすべて解消される。  この間の国家的統制の諸段階を問題として取り上げたのが近藤の『協同組合 原論』である。一九三四(昭和九)年十一月、三五歳のときである。  産業組合系統組織の発展は、農村問題の解決も協同組合運動の中で期待でき るのではないかという協同組合主義的幻想―「いわゆる協同組合主義による社 会の創出というバラ色の幻想」を生んでいたが、それを批判、「協同組合は本 来、商業資本の節約によって資本制生産における商品流通課程の合理化を任務 とする」ことを明らかにした本書は、協同組合主義的幻想を多かれ少なかれ持 っていた産組運動関係者には大きなショックを与えるものだった。 5、恐慌からの脱出策は何処に  昭和六年七月には『農産物生産費の研究』を出し、同七年四月には『農業経 済論』を出した(『農業経済論』については次回取り上げる)。同じ年の一〇 月『蚕糸業統制論』を発表した。これは農業恐慌の打撃をいちはやく受け、も っとも深刻な影響下にあった養蚕家のために、養蚕家の立場に立って蚕糸業の 問題点を検討したものである。  当然ながら、蚕糸業を動かす力の中心は製糸工業を営む産業資本である、と いう観点にたっての分析である。不況に落ち込んだ蚕糸業を救済するため政府 は輸出生糸の買い上げ措置や製糸業認可制度をとるが、そのなかで製糸資本本 位の特約取引によって、資本による養蚕家の支配が進行していた。それに対し て近藤は、農家の資本を集めた産業組合が繭取引に本腰をいれ、その上で製糸 家と対等な団体協約によって養蚕家の利益を確保すべきだと提案している。  一九三四(昭和九)年六月二一・二二日、宇都宮で開かれた第一回協同組合 問題研究会は、農業恐慌以来、国による産業組合援助の方向がエスカレートす るとともに、ファッショ的傾向がようやく強くなった段階で行われたものであ る。  討議のテーマは「現在経済機構における産業組合の地位」であったが、近藤 は執筆中の『協同組合原論』の原稿を材料に「産業組合とデモクラシーについ て」報告した。協同組合内のデモクラシーの欠如についての第一声であった。  硫安の流通機構として肥料資本が産業組合を利用した例をあげて協同組合の 本質は何かを論じ、また産業組合は次第に国家機関化し、民主化・自主性を失 う傾向が強くなっていることに警告を発するとともに、組合内部の体質が一人 一票主義に象徴されるデモクラシーを形骸化し、民主性を失わせていることを 問題にしたのである。  当日の産組界の論客は千石興太郎、沢村康、田中長茂、高須虎六などだった が、「国家との関係は行政と抱き合うべきもので、自由の原則が行われるべき ではない」「どういう社会体制の国を近藤は考えているのか」などというファ ッショ的批判をこれらの論客から受けたが、このとき投じた一石が波紋を生じ、 産業組合のあり方について論議が活発になった。そして組合運動の実践的批判 者と自らを規定していた産青連などが、協同組合運動のなかで重要性を増して いった。  同じく協同組合問題で近藤は一九三五(昭和十)年三月に『肥料購買組合の 任務』を完成したが、これにはエピソードがある。もともと全国購買組合連合 会からの要請で業務参考として書いたものであったが、千石会長の意向により 配布しないという通知を受けた。肥料資本と金融資本、官僚の結びつき、組合 がその手先となっていることなど業界の実態を分析した第二章が嫌われたので あろう。戦前の産業組合運動が農民的ではなかった証明である。  もう一点出版を計画して果たさなかった論文集『農民経済の諸問題』がある。 一九三四(昭和九)年十一月、初校のゲラが出たところで、外部からの圧力に よって上梓を中止したいわくつきのものである。著作集第三巻に『農業恐慌よ り戦争経済へ』と改題収録されている当時の新聞・雑誌の論文集である。  まさに日本が農業恐慌から侵略戦争へ移行する時期であった。恐慌という形 で爆発した社会の矛盾を、日本のブルジョアジーは内政改革によって解決でき ず、中国への帝国主義的進出、満州の植民地的支配という方向をとりはじめた 時期であった。当時とられていた経済政策や経済更生運動にもどかしさを感じ ていた近藤はその序文で次のようにのべている。 「・・・・もちろん、農業恐慌からの脱出策はいろいろ試みられている。・・・ ・今や手も足も出なくなった。農民経済の維持のため何をなすべきかにつき、 国も農民自身も自失状態に陥っている。  かかる時代にあって、科学者の任務は、かかる痴呆状態のよって来たる根元 を指摘し、末梢的関係、現象形態をその本質と区別して、人々の注意を喚起し、 新しい生産力増加の源となるべき生命の泉を示すことであると私は信ずる。」  この書では、テーマとして、農業恐慌、救農政策批判、農業統制の進展、農 産物価格論、産業組合の課題、戦争と農業をとり上げている。そして共通する ことは私的土地所有が解決の阻害要因になっていること、農業への投下資本の 不足だと論じ、「この平凡な真理に関する一般の認識を深めることが農業経済 学に携わる者に当然課せられたところの任務であると信ずる。」と端的に述べ ている。  一九三七(昭和十二)年九月に発行した『煙草専売制度と農民経済』も同じ 趣旨で、国家的統制のもとに組み込まれ農民と資本の終着点を分析し、改良す べき点を指摘している(詳細は今後の号にゆずる)。  恐慌のなかに産まれた諸著作は、現実を直視し、抑圧にめげない農民出身の 社会科学者近藤康男の真髄を遺憾なく発揮しているといえよう。 (くわしくは全農林発行の『農村と都市をむすぶ』10月号参照。) http://www.catnet.ne.jp/zennorin/noson/nouson.html ━PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■■  劇団文化座 第113回公演 作 堀江安夫 演出 佐々木雄二 ■■■□        『若夏(うりずん)に還らず』 ■■□□  ---森口豁(もりぐち・かつ)「最後の学徒兵 」より--- ■□□□ 公演期間 2001年1月12日(金)〜21日(日) 会場 文化座アトリエ □□□□    料金 一般 3675円 高校生以下 2100円(税込) □□□□        11月中旬前売券発売開始予定 http://bunkaza.com/ 森口豁「最後の学徒兵 」 http://www.cyber-rabbit.com/katsu/books/04.html http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=96032011 森口豁の沖縄通信 http://www.cyber-rabbit.com/katsu/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━PR━━━ ■山崎農研発行の書籍のご案内 http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_books.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●協力をいただいているサイト紹介コーナー 「農文協ルーラルネット」 http://www.ruralnet.or.jp/ 「山崎農業研究所」 http://www.taiyo-c.co.jp/public_html/yamazaki/yama_index.htm 「劇団文化座」 http://bunkaza.com/ -------------------------------------------------- 「75歳の伝記ライター 原田 勉」ホームページ制作管理 internet SOHO なずなコム http://nazuna.com/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ここまで読んでいただきありがとうございました。 ■ご意見・ご感想は、Eメール mailto:tom@nazuna.com または、電耕掲示板 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