*****ここから『電子耕』**********************************************   隔週刊「75歳が送る農業文化マガジン『電子耕』」  第39号   --農業・健康・食・図書・人物情報--  http://nazuna.com/tom/denshico.html 2000.8.17(木)発行      東京・ひばりケ丘  原田 勉 mailto:tom@nazuna.com ********************************************発行部数1317+69部******** <キーワード>   農業を中心として健康・食べ物・図書・人物・庶民の歴史をめぐる雑学情報 を提供し、<読者の声>欄でお互いの意見交換の場を作りましょう。 --------------------------------------------------------------------- <本誌記事の無断転載を禁じます、教育目的の転載も承認を求めて下さい>  投稿メールは原則として<読者の声>に掲載します。都合の悪い方は「載せ ないで」と明記して下さい。ペンネームの無い方は姓だけで載せますので、ご 了承ください。内容は自己責任でお願いします。★字数は200〜400字を 標準とします。短い文章で簡潔に書く練習のつもりでお願いします。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 目 次 <読者の声> 松石さん、ふーみんさん、環境クラブ 増山博康さん、 ◎ 投稿募集、「敗戦その時私は?」2、「21世紀の戦争と平和」 <舌耕のネタ>101歳の学者は20世紀をいかに生きたか  <農業・図書情報>近藤康男の「三世紀を生きて」(号外)終戦前後 <農業文化情報>「農と自然の研究所」を設立した宇根豊(うね ゆたか) <農業・大学情報> 北京・西安・敦煌の旅のお誘い・・農工大日中友好会 <農業・図書情報> 農文協図書館の夏休み8月12日〜20日 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <読者の声>ここはメール交換の場です。編集者はコメントしない場合もあり ますがこれは、メールを無視したわけでは無く、読者同士の交流にゆだねると いう意味ですからご了承下さい。---------------------------------------- <読者の声>暑中お見舞い申し上げます 原田 勉 ◎ 投稿募集:募集期日を延期します。字数は500字以内。期待しています。 締切:第2次9月27日まで「8月31日40号」に掲載します。 テーマ:1、「敗戦その時私は?」1945年8月15日に生存していた方で、     そのとき何処で何をしておられたか。そのときの思いは、などなど。     2、「21世紀の戦争と平和」1945年以後に生まれた方で、戦争     は知らないが、いまでも世界の何処かで戦争はあります。今後戦争の     ない平和を維持するためにはどうしたら良いか、など。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <読者の声> ■8/3 松石幸子さんから:暑中お見舞い申し上げます。・・ 原田様 暑中と言うよりは猛暑中と言いたいくらいの毎日ですが お元気そうで何よりでございます。 私などは、もうげんなりして何もする元気もなくて、すっかり 御無沙汰しておりました。皆様からも投稿がなかったとは! 少し気を取りなおして拙い文章ですが、昭和20.8.15の記憶を 記して見る事に致します。 当時14歳でした私は堺市で7.10未明に戦災に遭い17歳の兄を 8.4に何も手当ての施しようもなく焼け残った物置小屋で亡くし 呆然としたまま8.15を迎えました。 連日の空襲のさなかラジオも新聞もなく本当の戦況など知る術も なくただ、毎日をサイレンが鳴るたびに逃げ惑いボロを来て食べ る物もなく、おびえつづけるだけでした。 生きることの意味も何も考えていることなんてない毎日でした。 天皇陛下の重大なお言葉が放送されると聞いても訳もわからず やっと近所の家のラジオで敗戦の放送を聞いたのですが、その 時点ではお言葉自体はっきり聞こえず、周囲の人達が「もう夜 も暗くしなくていいようだ」と言っているのを聞いてやっと 戦争が終ったのだと放心状態で知り得たことだけは、はっきり 覚えています。 現在のこんな平和な日々を想像も出来ませんでした。 日本再建のホンのひとかけらの役目を果たした挙句の今の社会 を見ていて非常に複雑な思いの毎日です。 喜ばしいばかりの日本では有りますが戦争だけは絶対にやるべき では有りません。世界のどこかでいつも戦争が起きているのを 知るにつれ名もない庶民が泣き苦しむのは無くならないのでしょう か?地球そのものが破滅に向かっているように思えてなりません。                     松石 幸子 ●コメント:「敗戦その時私は?」の投稿ですが、ここで公表させて頂きまし た。 別に今年101歳の近藤康男先生の終戦前後の話を伺いましたが、<図書情報 >のところで紹介します。あわせてご覧下さい。 ======= ■8/3 ふーみんさんから:生ゴミの質 私の住んでいる街では、RDF発電と言うプロジェクトが進められ ようとしています。全国で問題を起こしているRDFについて、行政に 熟考を呼びかける市民グループでは、生ゴミの堆肥化によるゴミの 減量を広く伝えようとしています。今回、魔法の箱 テラのことを読み、 まちなかでも取り組みやすくなりそうだと思いましたが、果たして、 その堆肥の減量となる残飯は、どういう内容なのか、疑問に思います。 野菜や果物の皮の部分と言えば、農薬がもっともびっしりはりついて いるわけですね。あまり良い堆肥ではないということになりはしないで しょうか。ひねくれているでしょうか。願わくば、微生物君の働きやすい 環境にしてあげたいですよね。 ●コメント:この質問については環境クラブの方に答えて貰いました。 8/4 RE;生ゴミの質(環境クラブ 増山博康さん) ふーみん様 堆肥化キット「魔法の箱 テラ」にご関心を持って頂き、ありがとうございま す。 お手紙から、環境問題について、真剣に考えていらっしゃるご様子が伺えます。 ご指摘の問題について、お返事差し上げます。 「テラ」のシステムで、重要な点は、堆肥を送る送料は、消費者負担、農業サ イドが出来た堆肥の「点検」を行うと言うことです。 僕の考えでは、これによって、システム内部に、両者の「共感」と、「チェッ ク・アンド・バランス」が介在するようになると想っています。 生ゴミも、農薬もともに大きな問題ですが、簡単には解決しません。複雑な現 実の中で、どれだけ、「自己主張」と「相手の罪を受けいれる」ことのバラン スを取るか、参加する人も問われるでしょう。 そうした「矛盾」を受け入れながら、みんなで一つのシステムを創る実験から、 混迷する時代の「明日」を見出したいと想っています。 「環境クラブ」 http://www.netlaputa.ne.jp/~ecoken/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■8/4 原田悠里のキャンペーン「あなたの夢かなえます」 http://www.yomiuri.co.jp/hochi/geinou/aug/o20000802_80.htm ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <舌耕のネタ>101歳の学者は20世紀をいかに生きたか ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  まだ(仮題)であるが農文協では、2001年春を目指して次の準備を進め ることとなった。図説「三世紀を生きて」近藤康男著である。  近藤康男は1899(明治32)年1月1日、前世紀生まれである。小学1 年生のとき、日露戦争だった。それから百年の間に日本に何が起きたか、農村・ 農業に何が起きたか、近藤康男に何が起きたか、自らの生涯を回想しながら、 この百年の農村・農民の移り変わりを見て、その窮乏を救うため、何を調査し、 研究して、いかなる学問体系を確立し、著述をしてきたか。この本は近藤康男 の血のにじむような学問・業績や、弾圧との闘いが綴られている。  私たちが現在享受している科学技術や生活文化、大衆社会はどのようにして 成り立ったのか。二十世紀初頭の世界と日本はどうだったのか。百年まえの社 会でひとびとはどんな暮らしをしていたのか、とくに日本の二十世紀を基底か ら支えてきた農山漁村・農漁民の過去をたどってみよう。なぜなら現在の日本 人の大部分の父祖は農漁民であったからである。  私たちは今こそ過去を忘れず、現在を見つめ、そして未来を考えてみよう。 著述は近藤康男が中心であるが、必要によって注記、解説を加え、本文の外 に、脚注で近藤康男の全著作80点を発刊順に紹介解説すると共に時代背景と なる事件や出来事、写真やコラムも加えビジアルな表現を考えている。  明治、大正、昭和前期・後期の農村の象徴的な写真をお持ちの方はぜひ原田 勉に貸していただくようにお願いする。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農業・図書情報> ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  終戦前後をいかに生きたか(仮題)「三世紀をいきる」近藤康男著(戦後の 部)から引用、(「敗戦その時私は?」の1部として聞き書き・原田) 一、東大を追放になってから(近藤康男)  私が東大を追放されたのが一九四三(昭和十八)年八月六日、理由は別の項 でくわしく述べるが、要するに「戦時中に時局にふさわしくない著作があった」 と言うことで依願退職になった。まもなく東亜研究所に勤め、翌年四月一日第 一部長兼自然科学部長ということで『南方農林水産資源総論』をまとめた。こ れは今も近藤文庫に所蔵している。  もう一つの自然科学部長というのは小金井農園で野菜やさつまいも作りを指 導することだった。東大農場から苗をもらって、畝立てのとき中に草をすきこ む。後の国会図書館長金森徳次郎さんや、幹部の人たちが皆熱心だった。何し ろ食う物がほとんど手に入らない状態でったからだ。そのときは杉並の高井戸 から水道道路を通って井の頭、武蔵境から小金井にかよった。  途中で石黒忠篤農相から「ビルマの軍政官として行ったらどうだ、あの国の 農林大臣のようなものだ」と言われたが柘植さんにも聞いて行かないと断った。  私は薪炭が不足するので上高井戸に七百坪の杉と雑木林を買っていたが食糧 不足を補うため家内と二人で開墾してさつまいもや野菜を作った。しまいには 畑が一反分(十アール)にもなって高井戸の農業会長が畑を作っているから農 業会に入れといってきたくらいだ。(中略) 東京は一九四五(昭和二十)年、三月九日から十日にかけて本所・深川・浅 草などの下町の大空襲があり死者八万四千人、百五十万人が家を焼かれた。次 の大空襲は山の手で五月二十五日だった。私は丁度宿直で駿河台の明治大学の 校舎の一部を借りていた東亜研究所の宿直だった。駿河台はニコライ堂の近く で空襲を免れたが本郷はほとんどやられた。自宅はどうしているかと甲州街道 を歩いてかえったら杉並区高井戸二丁目の自宅の庭の棕櫚の木に焼夷弾が落ち たが倅が土をかけて消し止めた後だった。その前後も立川の飛行場や三多摩の 軍需工場が爆撃され、田無の東大農場も中島飛行機の工場が近くにあったので 被害を受け、戦後しばらく畑に大きな爆弾の後の穴が空いていた。  空襲が激しくなるので研究所では福島の二本松に疎開の荷物をおくった。わ が家は大切な蔵書や娘の嫁入り布団など甲府のお寺に預けていたが、これは甲 府の空襲で焼けてしまった。 二、敗戦の詔勅、私の第一の主張  八月十五日の天皇のラジオ放送は東亜研究所で聞いた。その前から昼食のと き陸軍の将校たちと同席していたのでガダルカナルの撤退など話題になってい たから敗戦は予期はしていた。しかし、ラジオは「朕の責任とも、国民に苦労 をかけた」とも言わない。私はとうとうそうなったか、と思ったが、それでも 心の中で、これからはわれわれの時代だ。農村は勿論あらゆる民主化をしなけ ればならないと思った。それからは忙しかった。  さっそく、大学新聞から九月一日号に「戦後農業政策の展望」という依頼が あった。九月二十五日には大平村から「日本農業の将来」の講演依頼、十一月 二十六日にはNHKから「供出制度の改正について」ラジオ放送を行った。  緊急の問題は食糧の確保であった。海外からの引き揚げと輸入の見込みのな い一九四六(昭和二十一)年五六月の食糧危機をいかに切り抜けるか、米麦だ けでなく甘藷、馬鈴薯、雑穀から大根、ごぼうに至るまで栄養的価値、生産に 要する労働費を勘案して米との代替え率を決め、栄養価値の同じ物は米と対等 にせよ。供出は反別割当より個人割当にし負担を公平にすべしという主張であ る。この放送は、わたしの戦後初の第一声であった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農業文化情報>「農と自然の研究所」を設立した宇根豊(うね ゆたか) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  表題の宇根豊さんのことは農業関係者ならおおかたご存知のはずですが、去 る7月12日の朝日新聞の「ひと」欄に写真入りで紹介されています。私も2 0年まえ農文協の九州支部担当だったころからのお付き合いで、彼の考案した 虫見板を稲の株もとに置いて株をたたくと虫が板の上に落ちる。それを観察し て農薬を撒くのを年13回から3回に減らした。減農薬栽培の始まりである。  そんなこともあって宇根さんに原稿依頼して、次のメールを頂いたので紹介 します。なお、趣旨に賛同し会員になりたい方は年会費2000円を払えば研 究所の会員になれます。どうぞよろしく。 『田んぼの学校』の深いねらい 宇根豊(農と自然の研究所・代表理事 TEL092-326-5595)  このごろ小学校や中学校の先生から相談を受ける。「農業の教え方に迷って いる」と。たしかに統計数値で表せる世界や、技術を伝える本はいくらでもあ る。しかしこれらのテキストには大事なことがすっぽりと欠け落ちている。そ れは当然だろう。なぜなら私たちが経済発展のなかで、軽んじ、忘れてきたモ ノだからだ。それは人間の感性であり、カネにならないものの数々である。 「田んぼの学校」はそれを伝えようと発想された。 都会から田植にやってきて、素足で田んぼに入った子どもがこう言った。 「どうして、田んぼには石ころがないの」そんなの当たり前だ、と言いかけて、 ハッとした。 こうした感性が子どもたちには残っているのに、それに応えるような環境教育 や農業教育があっただろうか。田んぼの石ころは、1年や10年でなくなった わけではない。ひょっとすると何百年の時間が詰まっている。何百回かの百姓 仕事が積み重なっている。それを伝えるチャンスがここにある。それを足の裏 の素肌の感触で受け止めようとしている子どもたちがここにいる。 ●新しいスタイルの遊びと学び 田んぼの畦には二つの扉がある。同じ田んぼの入り口なのに、新しい方の扉 を開けると、違った世界が広がっている。そう見える。どうしてだろう。古い 扉にかかった看板には、「田んぼは米を作る工場」だと書かれているが、そん な看板を百姓がかけるはずはない。いつの間にか、おカネに換えられるものし か価値がないという考えの人たちがかけたんだろう。一方、新しい扉には「田 んぼの学校」という文字が書かれている。この扉を開けて、見えてくるものは おカネになろうとなるまいと、みんな大切なものばかりだ。でもどうしてこの 扉を開けるとそんな風に見えてくるんだろうか。そのわけは、この本を読んで もらえばわかる。子どもも大人も、からだ全体で、田んぼの何かを感じること ができるからだ。  ●どういうまなざしを持つたらいいか  田んぼの学校は、農業のつらさや、不便さや、悔しさを一面的に教えはしな い。農業の優しさや、楽しさや、充実感や、安らぎを伝えようと思う。そのた めには、生産という現象の土台にあるモノ、カネにならないコトに目を向ける のだ。あなたが、実感として感じている「農」からの「めぐみ」をあらためて 見つめ直すがいい。あなたは自分だけのめぐみ、つまり私益と感じていること が、実は公益だったということがいっぱいある。 田んぼからの「めぐみ」は、本の中に満載されている。百姓が感じとれる世 界は、必ず子どもたちにも伝わるものだという確信を持って、私はこの本は書 いた。朝にはクモの巣が朝露に輝く風景、昼には稲の香にむせる空気の濃さ、 夕刻には集まって舞い飛ぶ赤トンボの群に感じる懐かしさ、夜には家路を急ぐ ときのホタルの輝きの繊細さ、これらの世界は、百姓仕事の結果として表現さ れることはなかった。  先日、友人の百姓が話しかけてきた。「少し前までは、畦の花の美しさを、 家族に話すのすら恥ずかしかったよ。生産に関係ないし、自己満足みたいな世 界だし、積極的になれなかった。でもこのごろ思うんだ。そうした世界で百姓 仕事は支えられているし、百姓仕事によって畦の花も支えられているんだと。」 ああ、これからは百姓が自然環境の「先生」として、子供の前に立つ時代が 来ると、私は確信した。この本を書いたかいがあった。しかし、まだまだ表現 せねばならない世界は山積みされている。その山を崩していくために、私は福 岡県を退職し、NPO法人「農と自然の研究所」の設立と運営に残りの人生を かけようと決意した。  この法人は5月20日に福岡市で、27日に東京で設立総会を開きます。問 い合わせは092-326-5595まで。 参考資料 「農と自然の研究所」設立趣意書 2000年4月20日 基本となる時代認識  赤トンボは人に親しまれ、詩に歌われ、群れ飛ぶ風景は十分に表現されてき ましたが、それが田んぼで生まれていることは、まして百姓仕事によって育ま れていることは、水田稲作2400年間の歴史の中で、一度も表現されること はなかったのです。 それは当然と言えば当然のことでした。それがこの国の「自然観」だったから です。 それほど自然はあたりまえに身の回りに存在し、ただ満喫していればよかった 時代が長く続きました。ところが、農が人間の身近にあらねばならぬ理由が、 これほど忘れ去られてしまうと、身の回りの環境はどんどん荒れていきます。 しかも多くの人には、荒れてきたという自覚すらなくなっています。とうとう、 ここに至っては赤トンボが田んぼで生まれていることを表現しなければならな くなったのです。こうした時代精神は幸せとは言いがたいものです。でも、こ こにしかまた可能性も見えて来ないのです。  ところが「農」がこの国の自然をどう形成しているのか、百姓仕事が自然を どう支え、どう変化させているのかは、とても重要なことなのに、ほとんどわ かっていません。たとえば畦に咲く花にどういう価値があるのでしょうか。ど うして生きものは田んぼに集まってくるのでしょうか。なぜ農業体験のない都 会人ですら、棚田を美しいと感じるのでしょうか。なぜ都会の子どもが「田ん ぼに石ころがない」ことを不思議がるのでしょうか。これを説明できるような 研究が必要です。 この研究所は農が生み出すカネにならないものを、百姓が胸を張って表現し、 国民がその通りだと言って支援するための思想や、事実や、摂理や、農法や、 情報や、感性を深めるために設立されます。赤トンボや棚田や畦花は例に過ぎ ません。あまりにも多くのモノが手づかずで野に吹きさらされています。この 研究所は百姓仕事の中で、一つ一つそれをひろっていくのです。 基本となる研究姿勢 この研究所は、いわゆる研究所や試験場での研究だけを「研究」だとは思い ません。一人一人の百姓が百姓仕事を通して、作物を見つめ、自然環境を見つ め、自分の技を見つめて生きています。そこで感じとる世界を意識的に表現し ていくことは研究そのものです。そこに生きる人間の言葉で「論」にしていく 作業を、この研究所は手助けします。また、そうした「論」が交換される「場」 をつくり、さらに全国的なネットワークを形成していきます。 もちろん研究の範囲は狭い農業にとどまることはないでしょう。「農」とは 限りなく広く境界など定めにくいものなのですから、むしろ里山保全やビオト ープ運動などの、農以外の分野の活動や研究が「農」に目を向けていることに 注目します。それは「農は国の基」といったかつての農本主義とは別の、生き ていく場から感じる豊かな水脈です。 この研究所は農や自然だけでなく、農や自然を感じる感性と意識をも研究対 象にします。そうした研究は従来の農学がもっとも苦手としてきたことでした。 さらに政策や価値観や言葉も研究していきます。たとえば「多面的機能」など というような借り物の言葉ではない、そこでくらす人間にしか表現できない言 葉を見つけることが大切です。  基本となるサービス この研究所はカネにならない研究成果や取得・整理した情報を提供します。 でもカネになならないから価値がないのではなく、カネにならないからもっと も重要なのです。理事の一人山下惣一は喝破しました。戦後の近代化でも近代 化できなかったモノこそ、未来に残る大切なモノだ、と。ひょっとすると、 「こんな情報など、あたりまえのコトじゃないか」と馬鹿にされることもある でしょう。しかし、たとえばこんなことではないでしょうか。棚田がなぜ美し いのかを百姓仕事を通して説明したとしましょう。棚田の草切りや草取りのこ と、水管理のこと、開田したときの苦労などが棚田の美しさを支えていること を具体的に自らの実感で語ることは、あたりまえのことではなく、日常的なこ とでもなく、誰もやらなかった新しいことなのです。 多くの百姓は「メダカやホタルじゃメシは食えない」と言います。メダカや ホタルに価値を認めても。それを支える百姓仕事に価値を認めないしくみを温 存したままの「自然保護」には問題が多いとは思いますが、しかし、なぜ圃場 整備によってメダカが減ったのか、エサのヒメモロアラ貝は田んぼにこんなに いっぱい復活しているのに、なぜ平家ボタルは戻ってこないのか、を百姓自身 がつかまなくては、身の回りの自然はさらに荒れていくでしょう。この研究所 が考える必要なサービスとは、百姓仕事の深さと幅広さを自覚し、自慢するた めの支えとなる材料の提供です。それが百姓以外の人の共感を得ていくことに 役立つでしょう。 基本となる財源 この研究所は会員の会費で支えられます。もちろん会費は重要な財源ですが、 それはむしろ研究所と会員のきずなを確かめる象徴的なものになるでしょう。 研究所は財源を確保するための営利事業を行いません。 だからこの研究所は、 個人や法人からの善意の助成をあてにします。たとえば多くの財団が「環境問 題」への取組みに積極的に助成をしています。しかし「農」への助成はわずか なものです。研究所は農への扉を大きく開くことも試みたいと思います。 この研究所の寿命 この研究所は10年間をめどに存在します。10年後理事会と総会によって、 その後のあり方を決定します。なぜならこの国にとってこの10年間がとくに 重要な10年間だと思えるからです。とにかくこの10年間に全力投球するた めに、とりあえず第1期を10年と区切ります。 この趣意書の位置づけ この趣意書はこの研究所の基本的な思いを、宇根豊が起草したものです。理 事の合意でもありません。しかし、大切なことは何をするかです。この研究所 には、さまざまな人間が同じ思いに根ざして集います。 ぜひ、みなさん「農と自然の研究所」の会員(年会費2000円)になって、 研究所の一翼を担ってください。 「農と自然の研究所」の案内 「農と自然の研究所」は5月20日(土)に福岡で、5月27日(土)に東京で 設立総会を開き、研究所の性格と活動方針を決定し、NPO法人の申請を行い ます。 この研究所は、農業に根ざした自然環境をどうしたら豊かにできるか、 そのために人間の関わりはどうあればいいのかを研究し、思想と政策と技術と 文化の提案を目的としています。  ○研究領域は 1、農地とその周辺、村落の自然環境を調査・研究します。とくに百姓仕事・ 暮らしとの関係を明らかにします。 2、減農薬・無農薬・有機農業・環境農業の技術研究を行います。 3、依頼に応じ農業技術の講習・助言・講演、情報提供を行います。また 「田んぼの学校」を中心とした環境教育の支援を行います。 4、思想や政策、歴史の研究を行い、未来に向けて提案を行います。 5、海外農業農村の自立のための支援を多様に展開します。 ○研究所の運営は 1、所員を募ります。所員は年会費2000円、研究成果を受け取ることが できます。 法人会員の会費は別に定めます。 2、研究所は総会で選ばれた理事によって運営され、研究内容・会計は公開 されます。 3、研究所は研究活動への寄付金、助成金を広く受け入れます。 4、研究所は講演会やセミナーを開講し、所報や研究報告、出版を行い、農 からの情報発信を豊かにしていきます。 研究所が軌道に乗るまでは、ある程度の試行錯誤はあるでしょう。会員の意 見や要望などを参考に、次第に形をととのえていきます。 ○理事 宇根 豊、宇根公代、山下惣一、内山 節、藤瀬新策、八尋幸隆、吉 住公洋、横川 洋、山本 巌、松崎治磨、日鷹一雅、嶺田拓也、山田 優、道行 啓爾、堀井 修、浅井幸雄、前田和男、宮本 均、 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農業・大学情報> 北京・西安・敦煌の旅のお誘い・・農工大日中友好会 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 9月12日成田14:55発北京17:45着レストランで夕食 9月13日日中友好森林公園見学、北京市先進工業地帯見学、  夕刻:北京理工大学で第7回中国同窓会・懇親会 9月14日北京発7:35西安着9:15歴史博物館、大雁塔、兵馬よう博物  館、華清地、市内観光 9月15日西安発7:30敦煌着10:5市内観光莫高窟、鳴沙山、月牙泉 9月16日安西楡林窟、安西鎖陽城遺跡 9月17日敦煌市内観光、博物館、白馬塔、故城。北京へ17:55 9月18日北京発9:25、成田着13:50。解散。 費用 ¥250,000。申込締切8月10日。 (北京コース9月12日〜15日、¥118,000もあります) 問い合わせは「21世紀旅行」03ー5281ー2460、農工大日中友好会 の原田の友人といって下さい。担当村部まで。東京農工大学関係者以外も受け 付けます。くわしくはホームページをご覧下さい。  http://www.jc-yuko.gr.jp/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ <農業・図書情報> 農文協図書館の夏休み8月12日〜20日 農文協図書館の夏休み中の返却図書は8月21日以降にお願いします。休み 中もインターネトの検索は出来ます。ホームページをご覧下さい。 http://www.ruralnet.or.jp/nbklib/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━PR━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■■■         劇団文化座 第112回公演  ■■■□       作・演出 水上勉 出演 佐々木愛 ■■□□ 愛、掬えども掬えども、男と女の山峡に、悲の雪はふるふる ■□□□      『越後つついし親不知―ひとり芝居』 □□□□ 公演期間 10月15日(日)〜10月22日(日)会場 文化座アトリエ □□□□ 料金 5000円(税別)8月初旬前売開始 劇団にて先行予約受付中 http://bunkaza.com/echigo2000.html ★劇団文化座日舞教室 第5回ゆかた会〜勉強会〜写真レポート http://bunkaza.com/event/20000806.html 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